1948年、共産党中央委員会書記ジダーノフによって、社会主義リアリズム路線に反する、と批判される。ショスタコーヴィチはただちにスターリンの植林政策を賛美するオラトリオ「森の歌」を作曲、当局へ“恭順の意”を表した。
スターリンからにらまれることは、粛清に直結する。危険と隣り合わせに生きたショスタコーヴィチは、権力との関係を常に留意せざるを得なかった。41年に作曲された交響曲第7番「レニングラード」は当初、ファシズムへの勝利を描いているとされたが、今日ではソ連政府の暴力をも告発したと解釈される。
大阪音楽大学の中村孝義教授は「実はショスタコーヴィチは、非人道的な社会主義体制に反抗する音楽を書き続けた。今改めて彼の交響曲に注目が集まるのは、まさに死と直面しながらも自らの意志を貫いたこの反骨の精神こそ、作品に重い意味を与えていると同時に、聴くわれわれに大きな問題を提示し続けているからといえるかもしれない」と記している。(月刊音楽情報誌「モーストリー・クラシック」編集長 江原和雄/SANKEI EXPRESS)