国家の記憶を描いたカズオ・イシグロさん。「忘れた方がいいのか、それとも…。一概には言えないが、ときには忘却が社会の崩壊を防ぐ手立てとなることもある」と考察する=2015年6月8日、東京都千代田区(長尾みなみ撮影)【拡大】
愛も一つのテーマ
巨大な記憶と対比して、もう一つ浮かび上がるのが、老夫婦の愛の物語だ。「ラブストーリーって、結婚したり、愛が成就するとそこで終わりでしょう? それにずっと疑問を持っていたんです。2人が一緒になった後に直面する人生の難問を描くことこそが、愛とは何かを問いかけることだと思うのです。ここでは、『忘れられた記憶を根拠にした愛は果たして真実なのか』ということを問いかけています」
なぜ、“記憶”に向きあい続けるのか。「『記憶』を書きたくて作家になったようなものですね…。私は5歳で日本からイギリスに移住し、いつかは日本に帰るかもしれないと思いながら生きてきた。でも、20代の最初の頃から、頭の中にある日本の記憶がどんどん消えてきた。私の頭の中にある日本を保存するために、小説を書き始めたのです。何を覚えて、何を忘れるのか。記憶に対する一個人としての関心から、作家としての私が始まっています」