番付がおもしろいところは、たんなるベスト100でもランキング表でもないところだ。なにしろ東西に分かれて組み立ててあるところが、一義的なリニアな印象を突破している。つまり「一対ランク」なのである。これがあるため、いまでも酒豪番付をつくりたいときに、「いずれアヤメかカキツバタ」と悩ましいところを、どっこいどっこいの酒豪を東の横綱と西の横綱に振り、東の大関と西の大関をどっちつかずにもっていき、さらにはたくみに小結を配当できる。
ぼくはこうした番付趣向が、もともとは「歌合」(うたあわせ)から始まっていると見ている。日本は最初から位置やランクや重要度を線形にするのではなく、まずアワセ、そしてキソイをおこして、そのうえでソロイにもっていったのだ。ぼくが長らく日本の社会文化の本質には「アワセ・キソイ・ソロエ」および「カサネ」があったと言ってきたのは、そこなのである。
相撲の番付には真ん中に大きく「蒙御免」とある。これは「ごめんをこうむりまして」と読んで、幕府の興行許可をもらっていることを示した名残りだ。また東が西よりも格上になったのは、明治23年に西ノ海が張出大関になったことに不満を訴えたのをなだめるために、番付に初めて「横綱」の文字を入れ(それまでは大関が最高位だった)、東に張出してからのことである。ちなみに呼出(よびだし)が扇を広げて「東ィ~ハクホウウ~白鵬~」というふうに、東から呼び出すのは、お天道さまが東から昇るのに従ったからで、地位の順番ではない。