「本当の戦争知って」
一方、平和宣言に体験談が引用された広島市の河内政子さん(86)。当時16歳の高等女学校4年生だった河内さんは、爆心地から約2キロの祖母宅で被爆した。その日は学徒動員が休みで「自宅が空襲に遭ったら一家全滅だから」と前夜のうちに1人、祖母宅に行かされていた。
3日後、爆心地近くの自宅に行くと、父は玄関で、2歳上の姉は台所で白骨となっていた。炊事場には上半身が黒こげで、下半身が白骨となった母の姿があった。
25歳のころ、教師として働いていた小学校で、楽しそうに戦争ごっこをして遊ぶ子どもたちを見た。本当の戦争を知ってもらいたいと、封印していた体験を話すようになった。
「殺さなければ殺される。戦争は人間の生きる道ではない」。原爆で死んでいった人の無念な思いを平和につなげたいと、語り続けている。(SANKEI EXPRESS)