爆心地から約500メートルの小高い丘に立つ浦上天主堂。東洋一を誇った大聖堂は原爆で全壊したが、戦後に再建された。正面には、原爆で頭部が吹き飛ばされ熱線で黒く焼けた聖人像が立ち、街を見守っている=2015年8月9日、長崎県長崎市(松本健吾撮影)【拡大】
やがて目の当たりにしたのは壮絶な光景だった。眼球が飛び出した人、息絶えた赤ん坊を背負う若い母親…。爆心地から逃れてきた人たちの黒い行列は「いつまでもどこまでも続くようだった」と振り返る。
広島、長崎では今もその被害を物語る無数の遺物が残されている。原爆投下の時間で止まった懐中時計、焼けて炭化した学生の弁当箱、爆風で破壊され一本足で建つ鳥居…。広島では市民とともに被爆した路面電車が今も町を走り続ける。
あの時の悲劇を今に伝える無言の証言者たちをレンズで切り取った。(写真・文:写真報道局 奈須稔、松本健吾/SANKEI EXPRESS)