とはいえ、無数のバイクが走り抜ける都会的な雑踏はなく、いまだ多くの住民が漁に勤(いそ)しむこの島は、まだまだのどかな面も残っている。そんなアンバランスさが現在のフーコック島の魅力なのだろう。
≪太陽の熱がつくる「金色のしずく」≫
「ヌックマムはベトナム人のDNAに染み込んでいる」。そんな言葉を聞いたことがある。そして、大抵のベトナム人が「ヌックマムといえばフーコック島。フーコック島といえばヌックマム」と話す。他の地域で醸造されるものと比較して、格段の違いがあるそうだ。
現在、島内に50軒ほどの醸造所があり、今も大きな木樽を使った昔ながらの製法を続けている。大手の「カイホアン」を訪ねた。出迎えてくれたのは、子供の頃からヌックマム造り一筋だというグエン・チ・ホンさん。醸造所内は屋外にも増して高い湿気と鼻を突く強烈な臭気で満ちている。
「暑いでしょう」。ホンさんは笑いながら言った。「この暑さはヌックマムの醸造には欠かせないものです。必要な材料は新鮮なカーコム(イワシ)と塩だけ。水も使いません。あとは木樽で約1年寝かせるだけ。だから工場はトタン屋根。太陽の熱で、発酵を促すのです」