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【終戦70年】「ひ孫」も献花 語り継ぐことが使命 (2/4ページ)

2015.8.16 08:30

青少年代表として献花した増永佳路林(かろりん)さん=2015年8月15日、東京都千代田区の日本武道館(長尾みなみ撮影)

青少年代表として献花した増永佳路林(かろりん)さん=2015年8月15日、東京都千代田区の日本武道館(長尾みなみ撮影)【拡大】

  • 戦没者追悼式に参列した南颯翔(はやと)君=2015年8月15日、東京都千代田区の日本武道館(石野哲郎撮影)
  • 父親の篤志さんに抱かれ、戦没者追悼式の会場に向かう最年少参列者の宮城天音(あまね)ちゃん=2015年8月15日、東京都千代田区・日本武道館(長尾みなみ撮影)

 「川という川には遺体が浮いて濁っていたけれど、それでもみんな水を求めてね。地獄を見たのに、今も命があるのは兄が助けてくれたのだと思う」。上田さんの被爆体験を聞くたび、増永さんは「直接原爆を知る人々の言葉を語り継ぐことが広島に生まれた私の使命」との思いを強くする。

 母親はスロバキア出身。母方の祖母からは、旧ソ連軍などによる軍事介入や、武力におびえ緊張感と隣り合わせの生活について話を聞いた。「自由が保障されていることがどれほど大切か、普段は見失ってしまう。平和について考える機会をいくつも得られたことはいい経験になる。自分に何ができるか考えながら生活したい」と話した。

 ≪沖縄戦跡巡り「自分の目で見たことは大きなこと」≫

 南颯翔君(12)

 「一生に一回しかできひんこと。いい経験になる」。大阪府泉南市立雄信(おのしん)小6年の南颯翔(はやと)君(12)は、緊張した面持ちで献花者の席に着いた。海軍水兵長だった曽祖父、南嶋之●(=凾のうけばこの中の下にレッカ)(しまのじょう)さん=享年(29)=は1945年2月、フィリピンのマニラで戦死したとされる。遺骨はなく、紙切れ1枚の死亡通知が白木の箱と一緒に届いたという。

小6年の南颯翔君「死にに行く顔じゃなかった」

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