サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂首相。「連合国願望」が強い韓国は、署名国の資格があると米国に訴えたが、拒絶され、オブザーバー参加も認められなかった=1951年9月8日(共同)【拡大】
拒絶された講和会議参加
朝鮮民族は、大東亜戦争(1941~45年)中から今に至るまで「連合国」を気取ってきたが、近代に入り日本と朝鮮は本格的に戈を交えてはおらぬ。戦前~戦中~戦後と、まともな対日ゲリラ抗戦も民族蜂起も起きていない。むしろ、1910年に併合された朝鮮は枢軸国・大日本帝國として戦った。国際法上も実態上も連合国詐称は無理スジだ。北京で9月に開かれる抗日戦争勝利記念行事に、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領(63)は参加したくてウズウズしていた。ところが共同電によると、米政府は《出席すれば、米韓同盟に中国がクサビを打ち込んだとの誤ったメッセージになる-と懸念を伝達、出席見合わせを事実上求めた》。
韓国の「連合国願望」史は筋金入り。初代大統領・李承晩(イ・スンマン、1875~1965年)は長崎県・対馬の「返還」要求と抱き合わせで、領土も画定する「サンフランシスコ講和条約署名国の資格がある」と49年、米国に訴えた。戦勝国=連合国入りさせろ-とゴネたのだ。駐韓米大使は米政府に口添えした。ワケがある。韓国は在日朝鮮人の連合国民扱い=賠償を求めるなど、国際の法・常識を無視する数多の無理難題を吹っ掛けたが、日本は無論、米国もほぼのめぬ内容だった。米国は無理難題を押さえ込むべく、韓国の署名要求を預かり、条約草案で一旦は締結国リストに加えた。