ある日、浜を歩いてきた1頭の熊が海を泳ぎ始めたかと思うと、海辺の岩峰に上陸し、ぐんぐん登り始めた。その先にあるのはオオセグロカモメの巣。親鳥たちが騒ぎ立てるが、熊は気にかけるそぶりも見せず、次々と崖に張りついた巣をのぞいていく。カモメの卵かひなを狙ったのだろう。望遠レンズ越しに時々、ぺろりと伸びた熊の舌が見えた。じっと眺めていると、熊はついに頂上の巣までたどり着き、満足した様子で下り始めた。しかし最後はほとんど垂直に近い壁だ。どうするのか-。熊はロッククライマーのように、直立したままバランスよく手足を動かして下降し、再び海を渡って去っていった。
僕は久しぶりに知床らしい大きな風景に出合った気がした。そして、この海と山とに挟まれた狭い浜辺でたくましく生きる熊の姿が、何か人の姿にも重なって見えるのだった。(写真・文:写真家 伊藤健次/SANKEI EXPRESS)
■いとう・けんじ 写真家。1968年生まれ。北海道在住。北の自然と土地の記憶をテーマに撮影を続ける。著書に「山わたる風」(柏艪舎)など。「アルペンガイド(1)北海道の山 大雪山・十勝連峰」(山と渓谷社)が好評発売中。