碧山(右)をすそ取りで下す日馬富士(はるまふじ)=2015年11月10日、福岡県福岡市博多区の福岡国際センター(中川春佳撮影)【拡大】
2場所連続休場明けは自身初。2日目、平幕の大砂嵐に早くも初黒星を喫し、満身創痍(そうい)の土俵が続く。部屋関係者によると、5月に右肘の骨棘(こっきょく)を約10個除去した際、古傷の足首を手術することも検討。しかし、検査の結果は予想より深刻な状態で復帰までに長期間を要するため断念したという。
幕内平均より約30キロ軽い体で最高位まで上り詰めた日馬富士は言う。「小さい体で大きい人たちと取ってきたから、30歳を超えると体に響いてくる。けがとうまく付き合うしかない」
最後に賜杯を抱いたのは2年前の九州だ。再び歓喜の瞬間を迎えるため、序盤で連敗するわけにはいかなかった。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は力を込めた。「気持ちで取るしかない。もともとそういう相撲なんだから」(藤原翔/SANKEI EXPRESS)