決勝でカザフスタンを破りリオ五輪出場を決め、歓喜する日本代表選手たち=2015年11月29日、東京都港区の秩父宮ラグビー場(共同)【拡大】
大会前にチームスタッフが選手に贈った日の丸には「(猛練習で知られた男子15人制日本代表前ヘッドコーチの)エディー(・ジョーンズ)さん、ごめんなさい。一番走ってきたのは私たちです」のメッセージ。小出は「終盤にチャンスが来るのは分かっていた」と、厳しい練習で培った運動量に胸を張った。
私生活も犠牲にしてきた。選手の多くは体を大きくすることを最優先に考え、お気に入りの洋服を着るのはあきらめた。中村が「女子力を犠牲にして生活のほぼ全てをラグビーにささげてきた」という冗談も決して大げさではない。
支えにしてきたのは、苦楽をともにしてきた仲間との絆だ。「家族以上に一緒にいる時間が長く、代表から落ちた選手も含めて五輪、ラグビーにかける思いは分かっている」と冨田。流してきた涙は決して無駄ではなかった。(SANKEI EXPRESS)
≪竹内亜弥「世界で戦う経験が私の未来を変える」≫
ノーサイドの笛をピッチで聞くと、竹内亜弥の厳しかった表情が一気に緩んだ。「五輪は雲の上の上の夢の世界だった。大人になってラグビーと出会い、一生のうちに2度とないようなチャンスに恵まれたことに感謝している」。最前線で激しく体をぶつけ続けた29歳の苦労が報われた瞬間だった。