バッハがカントルに就任したのは1723年、亡くなる50年まで、その職にあった。仕事は非常に忙しく、礼拝で歌われる教会カンタータ(器楽付き声楽曲)を毎週作曲しなければいけない。演奏家を手配し、オーケストラと合唱団に稽古をつけ、本番では指揮をする。バッハは約300曲のカンタータを作曲したといわれる。最も重要なのは復活祭に合わせて演奏される受難曲の創作。キリストの生涯と受難を描いており、音楽史上に残る傑作「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」を作曲している。
バッハは、「マタイ受難曲」の編成を、合唱と管弦楽を1組にしたユニットを2つ対置し、もう一つの合唱隊をバルコニーで歌わせた。音楽評論家の澤谷夏樹氏によると「3つの音響体が、御堂の会場で大きな二等辺三角形を描く」ようにトーマス教会の構造を生かして配置、音楽的効果や宗教的効果が最大限に生きるように考えたのだという。トーマス教会を訪れることは、「本場の雰囲気を味わうだけでなく、本来の演奏効果を知り、音楽の場としてトーマス教会の実力を垣間見る」と澤谷氏は言う。