“潜る”。それが、今作を象徴する言葉だろう。瀬奈舟作は元漁師で、震災後にダイビングショップでインストラクターを務めるようになったプロダイバーだ。舟作は月の出る夜、立ち入り禁止海域へと潜る。震災によって愛する者が行方不明となった人たちから依頼を受け、海底から手がかりとなる品物を引き揚げる。だがこれは、非合法な行為なのだ。
《なぜ潜る。聖域かもしれないのに、禁を犯せば、罰せられるかもしれないのに。
いや、だからこそ潜るのだ。誰も潜らないから、誰かが潜らなければいけないのだと信じる。》
小説ならたどり着ける
「2年ほど前から、震災を描きたいという思いが芽生えてきました。震災と向き合うとき、小説は何ができるのか。まず作品の原点となったのは、この震災は死者数の多さで語られがちですが、同時に行方不明者の多さ、そして、放射能という要素も特異であるということです。作品中では、舞台が福島第1原発周辺の海域であるということはあえて明記していませんが、復興が進んでもなお、置き去りにされた場所がある。現実では誰も行くことができませんが、小説であれば、水底にたどり着くことができる。それは人間の心の奥に潜って、大切なものを拾い上げていく作業でもありました」