あらためて波響の『夷酋列像』をよく見ると、そこには克明に「畏怖」が描かれていることがわかる。この畏怖は藤原隆信が似絵(にせえ)として描いた頼朝像、南蛮屏風、蕭白・蘆雪の奇想画、北斎の富嶽図、渡辺崋山の人物画などにも共通するもので、日本人のもつ「畏怖変容」の極北をあらわしている。波響はそれをアイヌに見出したのだった。それは「異人」「異貌」に対する日本人の持って生まれたマレビト幻想なのかもしれない。そしてこれらが明治近代の富岡鉄斎や岸田劉生に、さらには棟方志功や片岡球子や岡本太郎をへて、今日の村上隆(たかし)や奈良美智(よしとも)に及んだのであったろう。しかし、われわれにはまだ直視できていない「北方問題」が残されている。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)
■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。自著『山水思想ー「負」の想像力』では、雪舟・等伯から鉄斎・横山操までの日本画の道程をたどり、水墨山水画にひそむ日本文化独自の「方法」を見出した。絵画論考であると同時に、画期的な日本文化論にもなっている。最新の千夜千冊は1599夜「枕詞論」(http://1000ya.isis.ne.jp/)