東日本大震災から5年を迎える東京電力福島第1原発。廃炉に向けた作業が続き日没後、敷地がライトで照らされていた。周辺の町は避難区域に指定されたままで暗闇が広がる=2016年3月10日午後6時6分(共同通信社機から撮影)【拡大】
見えないストレス
福島県大熊町から、高齢の母親とともに水戸市に避難する浅野秀蔵さん(59)。大熊町などの帰還困難区域に指定された地域では、除染作業すら始まっていない。除染で生じた廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設も進んでいない。
浅野さんは原発事故の翌年、同じ茨城県内に避難する大熊町民のコミュニティーを発足させた。メンバーは30人ほどで高齢者も多い。「自宅に戻りたい」と願う家族を避難先で看取った人もいるという。
福島県からの避難者の支援を続ける茨城大の原口弥生教授(環境社会学)は「避難者は将来の生活や仕事への不安、進まない賠償手続きの負担など、見えないストレスを絶えず持ち続けている。避難先で自立して生活する人々に必要な情報を提供したり、人とのつながりをつくったりして、今後も支えていく必要がある」と指摘した。(緒方優子、野田佑介/SANKEI EXPRESS)