その開発面積を合計すると約240ヘクタール。これとは別に、開発面積44ヘクタールのオリンピック選手村や新国立競技場など新設9、仮設11の競技場の建設が続々と動き出す。
「都心部の機能更新の必要性を東京都が打ち出したのは1995年の東京プランから。この時に羽田空港の第4(D)滑走路、首都圏3環状道路の整備も盛り込まれ、実現しつつある」(青山●(やすし)明治大学教授・元東京都副知事)。それまでは東京一極集中への批判や首都機能移転が検討されていたこともあり、東京への大規模なインフラ投資が控えられ、丸の内や日本橋など古いビジネス街の機能更新も行われなかった。
2001年に小泉政権が都市再生本部を設置して、東京都心部での再開発事業が本格化。それから10年が経過し、これまでに東京を代表するビジネス街の丸の内・大手町・有楽町地区で建て替えられた超高層ビルの敷地面積は31ヘクタールに達した。旧国鉄跡地を再開発した汐留シオサイトや品川駅東口駅前再開発、六本木ヒルズや東京ミッドタウンという、いずれもリーマン・ショック前までに開業した再開発を加えると100ヘクタール規模になる。