かつて日本一の貨物取り扱い量を誇った大阪港。国の「国際コンテナ港湾」戦略強化方針を受け、日本のハブ(中枢)港湾としての拡張工事が進んでいる。狙いは平成7(1995)年1月の阪神淡路大震災以降、韓国・釜山港に奪われた国内の海外向け貨物を取り戻し、国際港湾としての地位を奪還することだ。だが、物流コストなど競争力では釜山港など東アジア主要港湾と対峙(たいじ)できるレベルにはないのが実情。果たして、大阪港に巻き返しのチャンスはあるのだろうか。
戦災に震災…地位低下
「釜山(韓国)に移った西日本各地の港湾経由の船舶貨物を、再び日本へ取り戻し、大阪港に集めたい」
12月上旬。地平線に夕日が沈む絶景の中、船で大阪港を案内してくれた国土交通省近畿地方整備局の関係者らは、異口同音に口をそろえた。
5~6世紀から難波津(なにわのつ)として国際港の役割を果たしてきた大阪港。戦前の昭和12~14年ごろをピークに、日本一の取り扱い貨物量を誇った。
だが太平洋戦争による米軍の空襲で壊滅的な被害を受け、港湾の地位は徐々に低下。阪神淡路大震災があった平成7年の総貨物量は約1億2200万トンだったが、神戸港を含む阪神港の取り扱い貨物は徐々に釜山港経由へシフト。24年には約3割減の約8700万トンへ減少した。