--一番最近、健二さんと連絡を取られたのはいつごろか。イスラム国がお母さんにもご連絡されたという報道もあるが事実か
「健二は、大変親思いの子供でございましたので、行く前には私のところへ連絡はございませんでした。ひとつは心配をさせたくなかったこと。もう一つは自分の同胞が捕られている。そこへいくことは反対されるという思いだったと思います。私は、そういうことに対して反対する親ではございませんので。今日も、私の知人、親戚から電話をもらっております。なぜ、この会を出席するのか、それをやめろという通知でした」
「私は、ここに集まってくださっている方々は、お一人でも私と同じ考えをもっていると思うのです。自分だけの利己的な幸せではなく、世界中の方たちが生活しているこの地球を守ること。そういうことを願っていると思うので、そういう話は全部断ってまいりました」
「私の父は軍人です。朝鮮とか、そういうところの、今ちょっと言葉が出ないのですが、かなりのトップだったと思います。それで私にはいつも軍用車と、それから、三角形のひらひらする旗のある自動車で送られていました。写真をみますと私のおじいちゃんなるもの。教育者なんですが、本当に自分の姿で、草履履きを履いて、私の朝鮮の宿舎へ尋ねてきた。私はつい最近まで、おじいちゃんなぜそんな格好で朝鮮来てくれたのって、恥ずかしいじゃないって、そういう思いをしたことがありました。しかし、最近分かったことは、ちゃんとした格好をしてくれば、家族とか周りの人々に反対されたんだと思います。それで一目、息子に会いたかったその一心で海峡を渡ってきたと思うんです」