イタリアの家具や雑貨のデザインが国外からも高い評価を受けるようになったのは1950年代あたりからだが、デザイナーへの報酬はロイヤリティという路線が確立してきた。年間販売数をベースに、一定のパーセンテージの金額が支払われる。メーカーにも資金的な余裕がなかったという理由もある。メーカーの若手経営者と若いデザイナーが意気投合して夢を一緒にみた、という側面もある。
まともな契約書などないままにプロジェクトをスタートするのは当たり前だった。そのために作品が大ヒットしたが、その知名度ほどには報酬を受け取れなかった、と不満はもつ巨匠は少なくない。
しかしながら家電や自動車など規模の大きいメーカーの製品をデザインする場合は、ロイヤリティではなく「プロジェクトあたりいくら」という契約をすることが主流であった。だからトラブッコさんのように、家電系統のクライアントをメインに仕事をしてきたデザイナーは、家具や雑貨の世界の仕組みに批判的になることがあるのだ。
その傾向は外国のデザインに対するコメントでも窺える。
「デンマークやフィンランドのデザインをみても、時計の針が止まったようだ。彼らが注目されるのはソーシャルデザインという文脈である」
トリノのジュージャロ-デザインやピニンファリーナも、カーデザインとともにプロダクトデザインをビジネスとしてきたが、「素晴らしい車の世界を作ったが、プロダクトでは目を引くものはあまりない」と、ここでも点数は厳しい。