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「逆転プロセス」世界の砂糖産業が待ち望んだ技術 国内外で注目集める
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小原聡氏 サトウキビから砂糖とバイオエタノールをつくる際、特殊な酵母を使い、従来とは逆の順番で生産すると、どちらの生産量も約2倍になる-。こんな新手法が開発され、注目されている。
「逆転生産プロセス」と呼ばれるもので、今年の「地球環境大賞」の大賞にも輝いた。アサヒグループホールディングスの豊かさ創造研究所(茨城県守谷市)、小原聡バイオエタノール技術開発部長(40)に、開発秘話や新手法で実現したい夢などを聞いた。(月刊ビジネスアイENECO編集長 本田賢一)
「サトウキビには、砂糖の原料になるショ糖と、原料にならない還元糖(果糖・ブドウ糖)の2種類の糖分があります。従来の工程では、サトウキビの搾り汁からまずショ糖を結晶化させて砂糖を生産し、残った糖蜜(ショ糖の残りと還元糖)に酵母を加えて発酵させ、エタノールを生産するのが一般的でした。新プロセスでは生産順序を逆にして、エタノールを生産した後で砂糖を生産するので、逆転生産プロセスと呼んでいます」
「従来使われている酵母では、還元糖とともに砂糖の原料であるショ糖もエタノールに変えてしまいます。そのため、先にエタノールを生産すると、砂糖が回収できなくなる。そこで逆転生産プロセスでは還元糖だけをエタノールに変える酵母(ショ糖非資化性酵母)を使います。先に還元糖だけエタノールに変え、残ったショ糖で砂糖を生産します」
「普通のサトウキビでエタノールをたくさん作ろうとすると、砂糖の生産を減らしてしまう。砂糖とエタノールを両方ともたくさん生産できるように、まずサトウキビの品種改良に取り組みました。その結果、還元糖を多く含み、たくさん収穫できる高バイオマス量サトウキビを作り出しました」
「高バイオマス量サトウキビは還元糖を多く含むため、還元糖だけ食べる酵母により従来の約2倍のエタノールが作れます。また、逆転生産プロセスでは砂糖づくりを阻害する還元糖を先にエタノールに変えるため、従来の方法と比べて砂糖の回収率が平均で約2倍、最大4倍に増えます」
「世界の砂糖産業が抱える問題の1つは、原料であるサトウキビの収穫を増やせないこと。品種改良により収量の多いサトウキビを作り出しても、必ず還元糖を多く含むため、砂糖の回収率が低くなる。畑を拡大するにも土地の問題があり、限界があります。しかし逆転生産プロセスを使うと、収量の多いサトウキビから砂糖もエタノールも増産できる。これは世界の砂糖産業が待ち望んでいた技術です。タイ、オーストラリア、インドネシア、ブラジルなどからは技術開発の現状について問い合わせが来ています。また国内の砂糖会社や商社からは、将来技術を使用したい、あるいは共同事業を行いたいという声もいただいています」
「2001年9月、柱となる新規事業につながる研究を行うため、研究所内にR&D本部が発足しました。アルコール以外の食・健康・環境分野で研究を進めることになり、私はバイオエタノールの研究を提案しました。バイオエタノールは当社の得意とするアルコール製造技術が生かせるので、親和性があると考えたからです」
「サトウキビには原料代が高いという課題がありました。原料代を安くすれば、生産者である農家を泣かせることになり、事業の持続性がなくなります。どうやったら高い原料代でも安いエタノールを作れるかを考えたとき、収量の多いサトウキビによって原料の生産量を増やせば農家の利益にもつながり、さらに付加価値の高い砂糖を同時生産してエタノール生産での原料代負担を軽減しようとなりました。WIN-WINの関係を築かない限り、エタノール事業の持続性はありません」
「現時点で2015年実用化という計画に変更はありません。それまでに国内の製糖会社に協力してもらい、製糖会社の工場で連続的に逆転生産プロセスの実証試験を行いたい。実証が成功すれば砂糖作りは世界中一緒ですので、どこでも逆転生産プロセスが出来ることになる。実用化までの2年間で、逆転生産プロセスが砂糖工場でトラブルにより止まることなく動かせるようにします。実際の砂糖工場は24時間ずっと動いていますので。あと、エタノール生産に使う酵母は生き物ですので、その働きをすぐ止められるかですね。すぐに止められない装置だと、生産現場の判断が鈍るんです。すぐ止められ、すぐ動かせるかはまだ試していないので、そのことを担保できるようにしたい」
「この技術は汎用性が高く、選択肢が多いのが特徴です。既存の砂糖工場に逆転プロセスの技術を売るというのもあるでしょう。はたまたジョイントベンチャーのような方法もある。たった1つの技術ですが、汎用性が非常に高いので、事業を展開する国や地域、パートナーによっていろいろな実用化の可能性がある」
「CO2(二酸化炭素)排出量の削減効果は大きいですね。まず、サトウキビ自体が光合成でCO2を吸収する能力が高い。さらに、電力や重油など外部の燃料を一切使わないので非常にクリーンです。生産工程で出るサトウキビの搾りかす(繊維)をボイラーで燃やし、電気と蒸気を作る。蒸気からは熱を回収して利用します」
「サトウキビの茎は7割が水で、残り3割が糖分と繊維。砂糖工場ではサトウキビを搾った汁を煮詰めて砂糖を作りますが、副産物として蒸発水(真水)が出ます。砂糖工場は“水工場”でもあり、その水を工場内で使っています。外部で水を作ると、その工程で結構CO2が出ますので、砂糖工場での水利用はCO2排出量の削減効果が非常に高いといえます」
「逆転生産プロセスでの試算はまだできていないのですが、高バイオマス量サトウキビから砂糖とエタノールを生産した場合の試算はあります。従来と比べて、畑1ヘクタール当たりのCO2排出量の削減効果は年間40トンです」
「砂漠やこれから砂漠化しそうな地域など条件の悪い土地でも原料をたくさん取れるようにして、逆転生産プロセスを入れたい。どこでも同じようにできるようになれば、砂漠化を食い止める緑化をしながら、産業を育んでいくことができます。世界人口が増え続ける中で、食糧やエネルギーが足りなくなってくるわけですから、条件の悪い地域で逆転生産プロセスを導入し、これまでサトウキビを植えていた条件の良い土地は他の作物に譲っていく。それが夢ですね」
(インタビューの詳細は月刊ビジネスアイENECO5月号に掲載)
砂糖・エタノール逆転生産プロセス サトウキビの搾汁には砂糖になるショ糖と、砂糖製造を阻害する還元糖が含まれる。逆転生産プロセスは特殊な酵母(ショ糖非資化性酵母)を利用して還元糖だけをエタノールに変換した後、砂糖を高効率に製造する。「砂糖製造⇒エタノール製造」という順序を世界で初めて逆転させた画期的な生産プロセスで、温室効果ガス排出削減にも効果的であることを確認している。