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西加奈子さん長編「舞台」 切実な魂の旅をコミカルに

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西加奈子さん長編「舞台」 切実な魂の旅をコミカルに

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自ら手がけた装画の前で話す西加奈子さん。「小説って自由、本の装置ごと遊びたい」  今年で作家デビューから10年になる西加奈子さん(36)が長編『舞台』(講談社)を出した。「何度も訪れている、大好きな街」と話すニューヨークを舞台に、過剰な自意識に苦しむ青年が救いを見いだしていく過程を切実かつコミカルにつづった意欲作だ。(海老沢類)

 主人公の葉太は29歳。ある目的のためにニューヨークへ旅立つが、滞在初日に財布やパスポートが入ったかばんを盗まれてしまう。父が有名作家で、プライドと羞恥心が人一倍強い葉太は、そんな状況に陥っても周囲の目が気になって仕方がない。結局、助けすら求められず、帰国までの1週間、何のあてもなくマンハッタンをさまようことになる。

 「ニューヨークは街そのものが舞台みたいで、どこを切り取っても絵になるし歩いていてテンションが上がる。考えてみたら、意識のあるなしは別にして、誰もが生まれたときから何らかの役割を演じていますよね。『この世界が、もう舞台みたいなもんやな』と思って」と西さん。太宰治の『人間失格』の大庭葉蔵に似せた主人公の名から分かるように、自意識過剰な男の魂の遍歴が、華やかな街を舞台に、よりポップな装いで再演される。

 周囲の反応を過度に気にする葉太の心は、作家になってからの自身の葛藤とも重なる。取材などでしゃべった言葉が活字となり、イメージばかりが独り歩きする。自分が「正しい」と思っていることと実際に取る行動の落差にも苦しんだ。物語の中で、葉太はモノやお金を失ったことがきっかけとなり、次第に解放感や自分が生きているとの実感をつかんでいく。主人公に寄り添い、同じ景色を見る執筆作業を通して「私自身がすごく楽になった」と明かす。「結局苦しかったのは、どちらかの自分が正しくてもう一方はダメ、と決めていたから。どっちも本気でどっちも自分。だから両方愛せばいいんや、って。気持ちが変わるだけでこんなに世界って変わるんや、っていうのを書きたかったんです」

 第1回河合隼雄物語賞を受賞した昨年の話題作『ふくわらい』のようなひたむきな主人公とはひと味もふた味も違う屈折した人物を描くが、悲しみも喜びも楽しさも「同じ温度で書く」という創作姿勢は変わらない。旅行ガイド『地球の歩き方』の記述を随所に挟む構成もその一つ。

 「未来がある人のための本」である旅行ガイドが放つ明るさが、登場人物の過酷な精神状態と好対照をなし、物語のトーンを単色に染め上げない。

 「悲惨な状況でもちょっと上から見て笑う姿勢は大事にしたい。本当に悲しいことって、いつか必ず起こるから。せめてそれまでは、何でも笑いにして成仏させたい気持ちがあるんです」

【プロフィル】西加奈子

 にし・かなこ 昭和52年、イラン・テヘラン生まれ。エジプト・カイロ、大阪で育つ。平成16年にデビューし、翌17年に2作目の『さくら』がベストセラーに。19年に『通天閣』で織田作之助賞。25年には直木賞候補となった『ふくわらい』で本屋大賞5位、第1回河合隼雄物語賞を受賞した。ほかに『きいろいゾウ』『円卓』など著書多数。

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