本書は拓殖大学総長である渡辺氏が、拓殖大学学生に行った講義をまとめたもの。
第1の柱は、生まれ育った日本近代の「肯定的」(「自虐的」でない)な理解である。戦後は歴史ではないという著者も、その今日に至る半世紀以上の歩みを述べずには近代史を語りえず、末尾を拓殖大学百周年記念式典での未来への発展を祈る天皇陛下のお言葉で結んでいる。一貫して「東京裁判史観」に毒されず、日本近代の世界的かつ積極的な位置付けを語っているのは見事である。
第2の柱は、学生が所属している拓殖大学の「生成発展のありよう」をきちんと認識することである。これは昨年までに資料編を一部残して完成した『拓殖大学百年史』の優れたエッセンスになっている。この2つが結びついてこの講義になっている。
開国後の日本が直面したのは「万国公法が適用されるのは、文明国相互だけ」という世界で、その外側の日本は不平等条約を持たされた。欧米を文明国たらしめているその「文明」を自分のものとしなければ独立を保てぬという危機感が、国民全体を「文明化」に努力させ、半世紀近くをかけて列強の一員にまで到達したことを簡潔に述べている。
国防上重要な朝鮮半島を中華冊封体制から切り離すことに成功した日清戦争は、日本に台湾という「植民地」をもたらした。欧米の植民地経営とは異なった、ハード・ソフト両面でのインフラの整備を力点とし、第2代総督桂太郎が会頭になって設立した台湾協会の、その学校として設置されたのが台湾協会学校で、拓殖大学の淵源(えんげん)になる。台湾、日露戦争で獲得した南満での権益、合邦により「植民地」となった朝鮮、その地域の人びとと密着して働く人材養成こそこの学校の一貫した事業であった。日露戦争の勝利によるアメリカとの対峙(たいじ)がその後の日米戦争の導因(また中国赤化を進めるソ連)として描かれているが、もはや紹介の余地がない。
素晴らしい本書で多少の瑕瑾(かきん)(例えば満鉄をハルビンからとしているなど)は残念。(渡辺利夫著/PHP新書・945円)
評・伊藤隆(東京大名誉教授)