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筒井康隆「作家としての遺言」 新刊で「凄み」や「色気」説く小説作法

ニュースカテゴリ:暮らしの書評

筒井康隆「作家としての遺言」 新刊で「凄み」や「色気」説く小説作法

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実験的な小説を書き続けてきただけに、随所に自作が引用される。「同じことをやるなら、これ以上のものを書け、ということ」と笑う筒井康隆さん(野村成次撮影)  巻頭の序言に〈作家としての遺書である〉とある。「こんなもん二度と書かないよって意味ですよ」。筒井康隆さん(79)が新刊『創作の極意と掟』(講談社)で、若い書き手らに向け、すべきこととやってはいけないことをユーモアを交えて説いている。豊富な実体験をもとに、散文芸術の本質から文人の生活までを網羅した風変わりで味わい深い創作作法だ。(海老沢類)

 開拓者のために

 これほど「掟(おきて)」という言葉から遠い作家もいない。『虚人たち』では登場人物の意識に沿ってページを白紙にし、『ダンシング・ヴァニティ』では音楽や演劇を意識し、フレーズや場面の反復を試みた。SFと純文学の垣根を越えて60年近くで積み上げた著作は掟破りの実験の歴史でもある。

 「小説は何をどう書いてもいい芸術で、掟はない、という持論は変わらない。ただ知っておいた方がいいなと思うことはある。執筆を頼まれても遠慮してきたけれど、よぼよぼになっちゃったら小説作法なんて書けないから」と筒井さん。全31項目のうち、視点や登場人物、会話といった一般的な小説作法で重視される要素は後回し。「既存の技法の解説だけなら、新しく何かを開拓しようとする人の役に立たない」。代わって冒頭に置かれるのは〈凄(すご)み〉だ。〈色気〉〈迫力〉などとともに、小説が真に小説足りうる前提として、細かな技法を語る場面でも顔を出す。

 「SFには〈センス・オブ・ワンダー〉っていい言葉があるけれど、驚きがあって『ぞくぞくする感じ』と言ったらいいのかな。文学賞の選考で物足りないのは、一番大事なその凄みがないから」。とはいえ、実践は簡単ではない。全く正当性がないことを自信を持って書いたときに意図せず〈凄み〉が現れることもある。〈色気〉といっても愛欲とは無関係。静謐(せいひつ)な自然描写の中に死の気配が漂い〈色気〉が発散している例もある。各項目の記述から伝わるのは自明とされる概念を徹底して疑い揺さぶる、作家ならではの視線と深い思索だ。

 「常識や良識ってやつは疑ってかからなきゃいかんね。悪いと言われていることは本当に悪なのか?もしかするとそれは非常に良いことじゃないのか、という根源的な問いを持たないと」。そんな姿勢は私生活も含めた〈品格〉の項とも関係してくる。「作品で嘘八百を書いているからこそ、自分自身のことは沈黙や嘘でごまかさない。それが僕の掟。だから(逆に作品の中だけで)道徳家ぶっている作家を見るとむかむかしますよ」

 怖いものはなし

 一昨年にはライトノベルを初めて執筆し、昨年の最新長編『聖痕(せいこん)』では擬古文を使った自由な文体で読者を驚かせた。「大体書き尽くしていて、何にも出てこない」。次の長編についてはそうはぐらかされたが、近くの飲食店で目撃した笑える光景など、短編に結実しそうな魅力的な断片をいくつも披露してくれた。「80歳近くなって怖いものがなくなってきている(笑)。何とでも言わば言えです。最近のスマートフォンのことは詳しくないけれど、それがいかに分からんか、という話なら書けるかな」

【プロフィル】筒井康隆

 つつい・やすたか 昭和9年、大阪市生まれ。35年にSF同人誌「NULL」を創刊し本格的な創作活動に入る。56年に『虚人たち』で泉鏡花文学賞、62年に『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞を受賞。平成4年に『朝のガスパール』で日本SF大賞を受賞。『時をかける少女』『家族八景』『ベトナム観光公社』『文学部唯野教授』など著書多数。

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