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書評
山下澄人さん「コルバトントリ」 生と死の様相、イメージ豊かに
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故郷をイメージさせる街を描く。「よく知っている、という絶対的なものがどこかにないと、書いていてフワフワしちゃう」と山下澄人さん 時系列をシャッフルし、人称も頻繁に入れ替える自由な作風をもつ作家、山下澄人(すみと)さん(48)。今月刊行した新作『コルバトントリ』(文芸春秋)では持ち前の叙述スタイルで、生と死の様相をイメージ豊かに描いている。
「チェーホフに『曠野(こうや)』という好きな小説がある。物語がなくて、乗合馬車に乗った少年の目に入ってくるものをただ追うだけ。当時の大作家が読んで、『ここから話が始まるんだよね?』と言ったらしいんだけど(笑)。そういう小説を書いてみたい、と思って」
自身の生まれ故郷である神戸を想起させる雑多な街を舞台に、語り手の「ぼく」に去来する記憶がスナップショットのように繰り出されていく。「ぼく」の父と母、知り合いのおじさん、駅で会った中学生、餌をやっていた野良猫…など手触りのある情景描写を交え、いくつもの死が語られる。浮かび上がるのは、人間と動物、生と死といったあらゆる境界が不分明な世界だ。
「人がいま考える前提にしていることはフィクションでしかない。だって何百年前は全然違ったでしょ?って。だから、自分は(小説で)違う嘘っぱちをでっち上げたい。それくらいのもんがないと、書いてて面白くないから」
高校卒業後、脚本家・倉本聰さんの富良野塾で学び自ら劇団を立ち上げた。平成23年から小説を発表し、翌24年には初の作品集『緑のさる』で野間文芸新人賞を受賞。本作を含めて3度、芥川賞候補に選ばれている。現在は札幌市に拠点を置き、活動領域を文章から絵、映像まで広げる。
自らの小説の執筆過程を「画用紙に落書きするような感じ」と表現する。「遊びの延長だけど、だからといって“軽い”わけではない。熱中して大変なところまで行って、帰れなくなることもある。フリーダイビングの素潜りに似ているかもしれない」
執筆には携帯端末「iPhone(アイフォーン)」を使う。「パソコンだと『いかにも小説書いてるやん』みたいな感じがしてしまう。手書きは字をあまり知らないからいやになって」。関西人らしく、話にしっかりオチが付く。(海老沢類)