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【書評】『「闇学」入門』中野純著

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【書評】『「闇学」入門』中野純著

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 日本人の感性と文化培った

 気象衛星から見ると、日本列島の夜の輝きはとてつもないもので、日本は世界の中でも特異なほどに明るい国であるらしい。著者は理由の一つに、高度経済成長を支えた昭和ヒトケタ世代が、子供時代に戦時中の灯火管制や防空壕(ごう)で体験した闇の恐怖を挙げている。闇は恐ろしいだけの害悪となり、未来は光の中にしかないという強い思いで彼らの世代が戦後の経済成長を引っ張ったことから、日本は明るすぎる国になった。そして蛍光灯の驚異的な普及も、柔らかな光と影で闇を駆逐していったという。また、昔ながらの日本家屋が減ったのも、闇不足の原因になっている。かつて天井裏や屋根裏、床下や縁の下、トイレ、庭の井戸などに湛(たた)えられていた豊かな闇が消え失(う)せていったのだ。

 著者は豊饒(ほうじょう)な闇の魅力を語り、その復興を呼びかける。日本人の感性と文化は闇に培われてきたとして、本書では民俗や文芸、信仰や健康などさまざまな視点から闇の懐深さを説き明かしている。夜の闇での蛍狩りや虫聴き、富士山などの霊山でご来光を拝むための夜中の登山。真っ暗闇の戒壇巡りや本来の百物語。深夜の月の出を山上で待つ習俗もあった。日本人は闇に漬かり、闇に親しんできたのだ。

 20年近く闇の体験を続け、著作や「闇歩きガイド」の実績もある著者によれば、人間の五感は闇の中ではすっかり変わるらしい。微かな音やにおいが自分でも驚くほど感じ取れ、視覚は超高感度になる。視界の全体をしっかり捉える夜目の働きは、闇夜の暗い道を歩くときにはとても重要であり、この視力は武術の基本にも通じていると、宮本武蔵の『五輪書』を引いて指摘する。手足の触覚も敏感になるようだが、さらに第六感の働きで、超能力者になったような気分にもなるとか。また、夜通し闇の山を歩いて寝不足で疲れ果てると、幻覚から超常現象も現れるそうで、著者は丹沢の尾根で人の声で喋(しゃべ)る鹿に出会ったという。

 本書は光と闇の厳粛なドラマにわれわれを誘いながらも、昼の山に慣れておかなければ夜の登山は危険だ、という注意も添えている。(集英社新書・756円)

 評・中原文夫(作家)

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