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【軍事情勢】国連における米露「マジック戦」

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【軍事情勢】国連における米露「マジック戦」

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 自衛隊関係者と《正規の国連軍が初めて武力行使するケース》をシミュレーションしたことがある。回答は「宇宙人が地球に侵攻。滅亡への危機感を各国が共有した場合」だった。映画で見た展開に、笑いは起きなかった。

 プーチン氏の弄言

 国連は各国益が入り乱れ、問題浮上の度に限界と、それを認識して尚必要性を確認し続けてきた。従って「国連中心主義」とは、度を超した理想か無知、国連を悪用する謀略ではないかと疑う必要がある。シリアで化学兵器が使われ千数百人が死亡した内戦をめぐるウラジーミル・プーチン露大統領(60)の言動は、謀略と疑う必要もないほどあからさまだ。9月19日付英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)社説は、プーチン氏をこう評した。

 《化学兵器の国際管理を提案し米国と合意した。専制政権を支持する妨害者ではなく、危機解決の力となる人物》

 だのに《国連が集めたバッシャール・アサド大統領(48)の仕業を示唆した、詳細かつ説得力ある証拠に難癖を付け合意は色あせた。露骨に事実を尊重しないのだから、アサド政権が合意を守らぬ場合、あれこれ理由を付けアサド政権に有利な発言をする疑いが強まる》。これでは《あっと驚く提案の輝きを鈍くする》。《氏を国際政治分野で信頼できる人物にするため、ロシアは言葉を弄(もてあそ)び事態を紛糾させるべきでない》。

 プーチン氏を持ち上げる文節は褒め殺しに響く。氏が《相互信頼》《国連と国際法の重要性》=米ニューヨーク・タイムズ紙=を強調するほど、旧ソ連圏以外でのロシア唯一の海外軍事基地「シリアにおける親露政権維持」との野望が透ける。リビアに続きシリアという友好政権を失い《アラブの春》などの民衆蜂起が、反体制派やイスラム教徒を抱えるロシアに押し寄せる悪夢も見たくない。何としてでも、シリア問題を有利に着地させねばならぬ情勢だが、それには“マジック戦”での勝利が絶対条件となる。

 不問にされた「新決議」

 2002年11月9日、国連安全保障理事会議場は一転、水を打ったように静まり返った。理事国代表15人全員の手が一斉に上がる。イラクに《大量破壊兵器の無条件査察/武装解除》を迫る安保理決議1441を全会一致で採択した瞬間である。棄権を絶対視された理事国中唯一の中東アラブ国家シリアは、米国連大使が国連敷地内に入った後、露外相も安保理事会の始まる1時間前に米国務長官に電話で、それぞれ「賛成」を伝えている。

 その後、米英など主戦派各国は(1)イラクが査察に条件を付けるなど、決議1441が警告した《最後の機会》に積極的協力をしない(2)既にそれ以前、日本などが提案した決議1154(1998年採択)による《いかなる決議侵害も最も重大な結果をもたらす》との最終警告も示されていた-と判断。2003年3月20日、多国籍軍がイラクを攻撃した=第二次湾岸戦争。

 両国は《大量破壊兵器の無条件査察/武装解除》には賛成だった反面、査察継続を唱え、攻撃には終始反対した。過去の決議は査察に限る内容で、攻撃には「新たな国連決議が必要」との論理だ。「新決議」の有無は今尚、開戦の正当性を問う最大の争点として解釈が分かれる。この構図はシリア問題でも浮上している。

 もっとも開戦/非戦の決断は正邪で判定されない。シリアは、クウェートに侵攻したイラクを最初に軍事制裁した第一次湾岸戦争(1990~91年)に参戦。米国に、レバノン内戦終結の一任を取り付けた。第二次湾岸戦争で、ロシアが開戦を反対した理由は、イラク国内の石油利権や兵器輸出国の喪失に危機感を抱いたためでもあった。シリアもイラク同様、兵器や原子力発電所の有力な売り込み先。シリア問題をめぐるロシアの非戦姿勢は、2008年のグルジア侵攻など忘れたかのようだ。

 米国の図太さ

 それでも、イラクの石油利権奪回も狙った米国の図太(ずぶと)さは、ロシアさえ霞む。決議1441採決の日、米国連大使は公言した。

 「決議そのものは(戦争の)自動承認のためではない。決議は2段階の過程を経る。安保理は全ての行動(戦争)前に、協議する機会を得る」

 だが、前述の如(ごと)く「戦争前の新決議」はなし。その後もロシアは、米国などのマジックにしてやられる。友好国リビアへの軍事介入は決議1973(2011年採択)が論拠だった。ロシアは慎重だったが、アラブ連盟による空爆容認や非常任理事国のアフリカ諸国が全てが賛成する流れを受け、拒否権を行使できず棄権に回る。決議の性格が民間人保護とその対策だった点が大勢を決したのだ。ところが、介入は大規模でカダフィ政権崩壊まで続行された。斯(か)くして、リビアの反体制派に細いパイプしか持たないロシアは、リビアへの影響力を激減させる。

 リビア問題の屈辱は、シリア問題で「強いロシア」を演出し、国内外の求心力を高めんと欲す雪辱への誓いを確固にした。そして緒戦は勝利した。開戦/非戦の間を漂流するバラク・オバマ米大統領(52)の威信が大きく揺らぎ、露提案を渡りに船と乗らざるを得ない敵失もある。しかし、アサド政権の化学兵器投入に対する開戦/非戦という最大課題を、化学兵器廃棄という矮小(わいしょう)化したテーマへとすり替える、マジックの成功は紛(まぎ)れもない。

 プーチン氏の高笑いが聞こえてきそうだが、氏の置かれた状況もオバマ氏と紙一重。安保理は9月28日、軍事制裁を盛り込んだ決議を採択した。ただし、「新決議」が開戦の条件。しかも、「新決議」採決の有無は不透明で、内戦が激化すれば、アサド政権に対するプーチン氏の影響力欠如を実証することになる。

 ところでオバマ氏の緒戦敗戦は、シリアがレッドライン=越えてはならない一線を越えたのに、警告通り武力を行使しなかったからではない。

 《国家指導者が自らの意志で戦争回避を選択しても、必ずしも威信は損なわれない。しかし、約束を守る能力がないと世界が見なせば、力の弱まりは不可避となる=英エコノミスト誌9月21日号》

 そう。プーチン氏もまた《約束を守る能力》が試されている。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS

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