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政治
「今ある」中国の脅威 反米機運扇動は危険
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東京で10月3日、日米の外務・防衛閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)が行われた。今回、米国はケリー国務長官、ヘーゲル国防長官を派遣し、対日重視の姿勢を目に見える形で示した。10月4日付産経新聞は、主張で「2プラス2」合意について、<軍事的に台頭する中国が、尖閣諸島奪取を狙って海洋進出攻勢をかける一方、北朝鮮も核・ミサイル開発を進めている。日本周辺の安全保障環境が一段と厳しさを増す中で、この合意の重要性は極めて大きい>と述べているが、その通りだと思う。
中国が潜在的脅威であるという認識は甘い。中国は、国家戦略として本気で尖閣諸島に対するわが国の実効支配を切り崩そうとしている。中国は日本にとって顕在化した「今ここにある」現実的な脅威である。中国の脅威に対抗するためには、日米同盟を深化すると同時に、民主的手続きによって国家指導部が選ばれている韓国、ロシアとの連携を強める必要がある。冷静に考えれば、これ以外の戦略はないのであるが、残念ながら論壇の一部には、反米機運をあおる動きがある。
このような危険に警鐘を鳴らす目的で、筆者は大正時代にベストセラーとなった樋口麗陽の『小説・日米戦争未来記』=初版1920(大正11)年=を現代語に超訳し、『超訳・小説日米戦争』(K&Kプレス)と改題して上梓(じょうし)した。
1918年に第一次世界大戦が終結した後、日本の論壇で反米ブームが起きた。<平和主義だのデモクラシーだの、そんなものはアメリカの本音ではない。アメリカは真正の正義人道主義を奉じるものではない。その言っていることと腹のドン底とは多大な相違があるどころか全然違っている。アメリカは敵を作り出さずにはいられない国で、デモクラシーの宣伝、正義・人道主義を看板として世界の国々をあざむき、その実、アメリカ一流の資本による侵略、経済的支配をもって世界を思うように操り、新興国・日本の鼻の先をへし折るか、抑えこんでアジア大陸の経済的利権を手に入れて、世界の資本的盟主、経済的専制君主となることを目的としているのだ>(『超訳・小説日米戦争』12ページ)。
21世紀の現在、書店に並んでいる反米本の基本認識もこれと同じ内容だ。
樋口麗陽は、1990年代末に日米戦争が勃発するとの想定でこの小説を書いた。日本海軍は対米戦争に勝利するためには緒戦でハワイの米太平洋艦隊を殲滅(せんめつ)する必要があると考え、遠征するが、逆に米軍の新兵器「空中魚雷」(巡航ミサイル)によって全滅させられてしまう。大本営では、真相を発表すべきか、国民の士気が下がる恐れがあるので情報を隠蔽した方がよいかについて激論の上、国民を信頼し、真相を発表した。すると国民はパニックに陥り、収拾がつかなくなる。米国は朝鮮の日本からの分離独立運動や中国の反日運動を支援。また、米国内の日系人が本国と通じて反乱を起こすのを防止するために、日系人を砂漠地帯に強制収容する計画を立てる。実際に太平洋戦争で起きることを樋口麗陽は予言している。最終的に日本はメキシコ、ブラジル、ドイツ、ロシアの支援を得て、米国と無併合・無賠償の平和条約を締結し、戦争は引き分けに終わる。
樋口麗陽は、遅かれ早かれ日米両国は衝突せざるを得ないという第一次世界大戦後の日本で流行していた機運に対して、米国の経済力、科学技術力、外交力は強力なので、「日本が勝つ」などという非現実的願望を抱いてはならないと強く戒めている。国際政治は力と力の均衡によって成り立っている。米国の国力を無視した無責任な反米主義がもたらす危険を過小評価してはならない。その意味で、樋口麗陽のこの小説を今読み直す必要があると筆者は認識している。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優/SANKEI EXPRESS)