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情報戦に役立っていないNHK

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情報戦に役立っていないNHK

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就任会見に臨むNHK(日本放送協会)の籾井勝人(もみい・かつと)会長=2014年1月25日、東京都渋谷区(鈴木健児撮影)  【佐藤優の地球を斬る】

 NHKの籾井勝人(もみい・かつと)新会長が1月25日に行った就任記者会見の内容が問題になっている。筆者は、籾井氏が会見の場で、慰安婦問題について述べること自体に問題はないと思う。しかし、問題はその内容だ。第二次世界大戦中のオランダ領インドシナ(現インドネシア)におけるオランダ人戦争捕虜とオランダ人慰安婦の問題は、過去のわが国の外交努力によって、一応、沈静化しているとはいえ、日本政府の要人の発言によっては、再燃しかねない「爆弾」である。慰安婦問題と全く関係のない文脈で「なぜオランダにまだ飾り窓があるんですか」という籾井氏の発言は、オランダだけでなく、欧米全体における日本の評判を落とした。

 国際放送の議論後退

 筆者が残念に思うのは、こういう無定見な不規則発言のせいで、NHKの国際放送についての議論が遠景に退いてしまったことだ。

 国際社会では、国家エゴが強まり、帝国主義的傾向が強化されている。その中で、プロパガンダ(宣伝)戦も熾烈(しれつ)になっている。各国が行う国際放送(特にラジオ)は、インテリジェンス(情報)戦、プロパガンダ戦の重要な道具になっている。かつて国際放送のニュースを知るには、実際にラジオを聞くか、もしくは録音しなければならなかった。各国のインテリジェンス機関や外交当局は、利害が対立する国家の国際放送を聴き、文字にした。日本では「外務省ラヂオ室」を起源とする一般財団法人「ラヂオプレス」がこの業務を担当している。1984年の金日成死去を世界で最も早く報道するなど北朝鮮情報に関するラヂオプレスの能力の高さには、国際的に定評がある。また東西冷戦時代には旧ソ連のモスクワ放送(現「「ロシアの声」」)を傍受し、ソ連国家機構や要人に関する資料集を作成し、内外で高い評価を得ていた。

 現在、各国の国際放送は、ウェブサイトを充実させている。「「ロシアの声」」や「「イランラジオ」」の日本語版サイトをフォローしておけば、かなり細かい情報まで入手することができる。こういう情報が、情勢分析の基本になる。「「ロシアの声」」や「「イランラジオ」」は国営放送なので、政府の意向に反する報道は行わない。

 BBCの「謀略型」

 「「イランラジオ」」が、イスラエルと米国に対する敵愾(てきがい)心をむき出しにし、日本に対してはおもねるような、露骨なプロパガンダをするのに対して、「「ロシアの声」」は、より冷静で客観的だ。プーチン大統領に対する批判や北方領土問題に関して日本の立場を客観的に紹介する報道もある。しかし、それは、「「ロシアの声」」が純粋中立な報道を行っているということではない。

 第二次世界大戦中に連合国の捕虜を用いた「日の丸アワー」という謀略宣伝放送の責任者を務め、ラヂオ室の創設に関与した徳川15代将軍慶喜の孫でもある池田徳真(のりざね)氏(1904~93年)は、モスクワ放送をBBC(英国放送協会)国際放送の亜流だと規定した。池田氏によれば、BBCの特徴は、「小さく信用させて大きくだます」という謀略型だという。

 確かに「「ロシアの声」」の日本語版サイトは、ロシアにとって都合がよい情報を巧みに取り上げるとともに、リスナーからの激しいロシア批判に関するコメントもあえて掲載している。このような手法で、日本の世論分析を行ったり、反露勢力の考えをつかんだりしているのだ。

 この点からすると、現在のNHK国際放送は、北方領土問題で日本政府の立場を激しく非難する大学教授の見解などを放送しており、日露のインテリジェンス戦やプロパガンダ戦に役立っているとはいえない。NHK国際放送の内容を時代に合わせて変える必要があると筆者は考える。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS

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