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政治
愛国装う外務省の「北方領土放棄」提案
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北方領土返還に関する主な提案=1992年、1998年、2006年、2013年
外務省飯倉公館(東京都港区麻布台)で1月31日、平和条約問題に関する日露次官級協議が行われた。日露平和条約交渉の核となるのが北方四島(歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島)の帰属に関する問題であるので、平和条約交渉と北方領土交渉は同義と考えてよい。「領土交渉」という言葉が、ロシア世論を刺激することを避けるために、あえて平和条約交渉と表現することが多い。
杉山晋輔外務審議官とロシアのモルグロフ次官は、当初予定よりを1時間半程度上回る約9時間協議した。次官級協議は昨年(2013年)8月以来、2回目である。今回の次官級協議に関しては、情報管理が徹底されており、交渉の内容については、マスメディアにまったく情報が漏れてこない。
もっとも情報というのは、必要なところには然るべく流れる。筆者が側聞したところでは今回、ロシアは歴史的、法的な新たな問題をいくつも提起して、日本側が一つ一つそれに答えていったとのことだ。ロシア側が「参りました」といって、自らの主張を撤回することもなかったが、日本側が論破されることもなかった。議論はまだ尽くされておらず、少なくともあと1回の協議を行う必要があるという。
日露交渉においては、交渉が比較的順調に進んでいるときは、日本外務省は情報を秘匿する傾向が強まる。交渉が不調の場合、その責任を相手側に帰する必要があるので、双方がリークを行う。
今回、日本側の交渉責任者である杉山審議官が「全般的に極めて率直で真剣な議論を行った。長年にわたって行われてきた交渉であり、1回の交渉で隔たりがなくなったということはできない」(1月31日NHKニュース)と述べていることから、筆者は双方が論点を整理し、首脳間の政治決断に向けた準備が進んでいると推定している。
2月8日にはソチで、安倍晋三首相とプーチン露大統領の首脳会談が行われる。その前日7日のソチ冬季五輪開会式にあわせて、森喜朗元首相とプーチン大統領との会談も行われる。2度のプーチン大統領との接触を通じ、北方領土交渉をめぐるプーチン大統領と露外務省の「温度差」を探ることが、今後の安倍政権の対露外交戦略を構築する上での焦眉の課題となる。
問題は、その後のシナリオだ。原田親仁(ちかひと)駐露大使を中心に、一見強硬論のように見えるが、実質的に北方四島を放棄するトリック的提案が首相官邸に上げられることを筆者は懸念している。このトリックは、以下の構成になるだろう。
まず、日本はロシアによる北方四島の不法占拠を激しく非難し、四島返還を要求する。当然、ロシアがこの要求を受け入れることはない。
そこで日本側から、中国や北朝鮮を牽制(けんせい)するための防衛交流や政策協議などの安全保障面についての協力を提案する。さらに日露両国に利益がある経済活動に踏み込む。ただし、北方領土に関しては、日本の法的管轄が認められない限り、経済活動は一切行わない。その結果、北方四島の開発はロシア、中国、韓国の企業、さらにこれら企業が雇った北朝鮮労働者によって行われることになる。そして、数年で北方領土の脱日本化が完成する。
北方四島一括返還を要求しているので、一見愛国的に見えるが、実際は領土交渉を放棄することになる。原田大使や宇山秀樹外務省ロシア課長が、このようなトリックで、マスメディアや国民をだますことができると思っているならば、それは大きな勘違いだ。北方領土交渉をめぐる外務省内の実態について筆者は最近出版した『元外務省主任分析官・佐田勇の告白――小説・北方領土』(徳間書店)に詳しく書いておいた。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS (動画))