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【スキーHP】小野塚「銅」 転向3年、決断実る
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フリースタイルスキー女子ハーフパイプ(HP)で銅メダル獲得が決まり、歓喜の表情で駆け出す小野塚彩那(あやな)=2014年2月20日、ロシア・ソチのロザフータル公園(古厩正樹撮影) ≪日本勢メダル8個 海外冬季最多≫
ソチ五輪第14日の2月20日、新種目のフリースタイルスキー女子ハーフパイプ(HP)で小野塚彩那(あやな、25)=石打丸山ク=が83.20点で銅メダルに輝いた。今大会日本勢8個目のメダルで、海外開催の冬季五輪では過去最多となった。優勝は89.00点をマークしたマディー・ボーマン(米国)で、五輪初代女王の座についた。
「まだ実感はないが、携帯がたくさん鳴って(メダルを)取ったんだなと感じている」。一夜明けた21日、記者会見した小野塚は笑顔で喜びをこう語り、「メダルを取って(HPを)アピールしたいと思っていた。価値のあるメダルだったと思う」と、今大会の新種目で表彰台に立つ意義を強調した。
新潟県出身で、父がジャンプ、母はアルペンの元選手というスキー一家に生まれた。3歳の頃には早くも1人で山の上から下まで滑れるほどだった。母、ゆかりさん(45)の実家は南魚沼市(みなみうおぬまし)の石打丸山スキー場で旅館を経営している。
小学3年生から大会に出始めると、祖父の勝利さんは「1番じゃなければビリと一緒」と教え続けた。小野塚は大会で賞状をもらっても、優勝でなければその場で折ってしまうようになった。「賞状はかなりもらったけど、2位以下は折り目があって飾れない」と母のゆかりさん。勝ちにこだわる姿勢はこうして育まれた。
全日本学生選手権アルペン大回転で優勝するなど活躍し、大学卒業後はスキーの指導を職とした。転機は2011年。趣味で楽しんでいたスキーHPが五輪種目に決まる。「アルペンは国内レベルだったけど、これなら世界を目指せる」と転向を決めた。母に「ソチに行くから」と告げた。定期収入がなくなる娘に両親は猛反対したが意志を貫いた。
子供の頃から父、史朗さんの指導でジャンプの練習もしており、跳ぶことへの度胸はあった。大学生まで続けたアルペンで加速する技術を養ってきた。それが今、パイプの中での圧倒的なスピードを生み、壁の縁から高く跳ぶ持ち味につながった。
新種目ゆえ昨季まで代表チームは編成されず苦労もあった。活動資金を後援会に頼り、コーチも付けず単身で海外を転戦。遠征先の移動の手配は自力で行い、外国チームの車に同乗させてもらったこともある。深い藪を一人かき分けるようにいばらの道を進んできた。
2年前の春、勝利さんが肝臓がんのため68歳で亡くなった。涙にくれた小野塚は、枕元で「絶対におじいちゃんを五輪に連れていく」と繰り返した。母は勝利さんからもらった金のネックレスをお守り代わりに渡した。
3シーズン前に初出場したワールドカップ(W杯)は36人中35位。惨敗から成長を遂げ、念願の五輪メダリストとなった。競技転向後の約3年間を「これまでの全てが良い思い出です。転向してよかった」と笑って振り返った。(ソチ 宝田将志、小川寛太/SANKEI EXPRESS (動画))