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「震災遺構」 8市町村の16件を保存

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「震災遺構」 8市町村の16件を保存

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震災遺構として保存方法の検討が行われている宮城県牡鹿郡女川町の旧女川交番=2014年3月2日(石井那納子撮影)  東日本大震災の津波で破壊され、被災の記憶や教訓を伝える「震災遺構」が岩手、宮城、福島3県の13市町村で24件あり、このうち8市町村の16件で保存が決定したか、保存の方向で検討していることが3月6日、産経新聞の調査で分かった。保存の理由として自治体の大半は「震災を語り継ぎ、防災意識を醸成するため」としている。

 産経新聞は2月中旬、被災3県の沿岸37市町村にアンケート形式で(1)震災遺構はあるか(2)遺構があればどうするのか-を聞いた。

 「ある」と答えたのは岩手県が宮古、大船渡、陸前高田、大槌、田野畑の5市町村11件▽宮城県が仙台、塩釜、岩沼、東松島、南三陸、山元、女川の7市町12件▽福島県が浪江町1件。

 うち宮古の「たろう観光ホテル」や陸前高田の「奇跡の一本松」、塩釜の「寒風沢の津波石」など3市8件の保存が決定。大船渡の「茶々丸パークの時計塔」や大槌の「旧役場庁舎」、田野畑の「三陸鉄道島越(しまのこし)駅の階段と宮沢賢治詩碑」、女川の「旧女川交番」など5市町村8件が保存の方向で検討されている。

 解体が決まったのは、女川の「江島共済会館」「女川サプリメント」、南三陸の「防災対策庁舎」の2町3件だった。解体の理由について「復興事業の支障となるため」としている。

 仙台、岩沼、山元、浪江の4市町5件は対応が決まっていない。

 すでに解体されたのは大槌町の民宿屋上に乗り上げた「観光船はまゆり」。落下の恐れがあるとして所有者の釜石市が解体したが、町は犠牲者の鎮魂などの理由から寄付を募って復元を目指している。遺構が「ない」と回答した中でも宮城県気仙沼、石巻、名取、福島県南相馬、いわきの5市は「震災遺構とするか調査検討中」としており、今後遺構が増える可能性もある。

 ≪まちづくりデザインが判断分ける≫

 宮城県女川町は、津波で横倒しになった3つの建物のうち「旧女川交番」のみ保存の方向とし、薬局「女川サプリメント」の解体を始めた。離島の江島(えのしま)住民の宿泊施設「江島共済会館」も撤去が予定される。保存か解体か。護岸工事や復興後のまちづくりデザインが判断の分かれ目となった。

 解体が始まった「女川サプリメント」は、1967(昭和42)年ごろ建てられたとされる。4階建ての1階部分で薬などが販売されていた。建物内部に乗用車が突っ込んだままになっており、津波の威力を物語る。店主の男性は震災後に土地を町に売り、県外へ引っ越した。

 「政府が早く支援の方向性を示していれば、結論は違っていたのでは」。町内の仮設住宅に暮らす主婦(52)はやりきれない表情を浮かべる。友人を津波で失い、教訓として3つの遺構の保存を訴えてきた。

 町立女川中の生徒たちも「このままでは記憶は風化してしまう。1000年後まで伝えたい」との思いを強め、2012年11月、3つの遺構の保存を町に提言した。だが、生徒らが行った町民約400人を対象にしたアンケートでは、半数以上が解体を望んでいた。「震災を思い出す」「維持費がかかる」という理由だった。

 住民の意見が割れる中、町は「女川サプリメント」について、岸壁ぎりぎりにあり護岸工事の支障になるとして、解体を始めた。「江島共済会館」は将来的に国道398号のルートと重なるため、今秋までに撤去することを決めた。

 「旧女川交番」は所在地が2、3年後にかさ上げされ、公園に整備される案が浮上、そのまま保存されるという。町の担当者は「活用方法を考える時間の余裕があることが保存の決め手といえる。津波の教訓を忘れないよう、町民の思いを後世に残す施設にしたい」と話している。(SANKEI EXPRESS

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