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【日本遊行-美の逍遥】其の八(下鴨神社・京都市) 生きるための命の再生

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【日本遊行-美の逍遥】其の八(下鴨神社・京都市) 生きるための命の再生

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若水神事で水をくみ上げる井戸は「御井」と呼ばれ、その役割は女性が担っている=2013年12月12日、京都市左京区・下鴨神社(井浦新さん撮影)  神武東征の際、再び出会ったのが、熊野の大斎原(おおゆのはら)だったそうな。

 そこは川が二股に分かれる中洲にあり、水害で現在地に遷座されるまで、熊野本宮大社が建っていた。

 ふと下鴨神社(賀茂御祖(みおや)神社)を地図上で見て驚いた。下鴨神社も、賀茂川と高野川の三角州、同じような場所に位置していたのだ。二股はいにしえの時から意味のある重要な場所。

 もし建角身命(たけつぬみのみこと)がこの地を訪れているとしたら、この地形を見て、さぞかし感慨深かっただろうと、歴史的空想に思いを馳せてみたりした。

 下鴨神社で最も有名な祭といえば5月15日の葵祭(あおいまつり)。下鴨神社からのご依頼で昨年、「社頭(しゃとう)の儀」の代表参拝を務めさせていただいた。

 葵祭に先駆けて、(5月)12日には御蔭祭(みかげまつり)という神事が行われる。

 一年に一度、御蔭山(みかげやま)で新しく誕生した神を、下鴨神社に鎮座する神と合体させることで、御魂が再生するという祭りなのだ。

 なるほど、糺(ただす)の森で体験したあの不思議な感覚は、この再生の物語そのものだったことに気づかされた。

 その後、僕は下鴨神社の3つの祭りの写真を撮らせていただいた。

 1つ目は、土用丑の日前後に行われる御手洗祭(みたらしまつり)。境内から湧き出す水に足をつけ、穢(けが)れを祓(はら)い、無病息災を祈る。この笑顔あふれる夏の風物詩について、新木直人(あらきなおと)宮司(77)から興味深い話を聞いた。

 新木宮司は、京都の歴史や民俗に精通した学者のような存在で、僕のすべての疑問に丁寧に答えてくださる。

 ずっと気になっていた、境内の「烏の縄手」と呼ばれる古道が、下鴨神社ができる以前の古層が見え隠れする場所であることも識ることができた。

 「火と水は、言葉を換えると『かみ』になる。その神のもとで御手洗祭は行われているのです」という宮司の言葉に、祭りの奥深さが垣間見えた瞬間だった。

 ≪宮大工 匠の技が受け継ぐもの≫

 今、下鴨神社は来年迎える21年に一度の正遷宮に向けて、修復が最終局面を迎えている。21年という数字は、桧皮(ひわだ)の寿命が約20年であり、技術の伝承にも適当な年数だからだと聞く。1枚1枚、桧皮を張る気の遠い作業なのだが、宮大工の匠は、ミリ単位の感覚を持ち、カメラでは追えないほどのスピードで、桧皮を打ち付けていく。

 現場で一番大事な点は何かと尋ねたら、「復元が大前提なので、自分たちの手は極力控えています」という。

 「そこに大正時代の焼き印があるでしょう。古いものをなるべくそのまま使う。傷んだものだけを最小限、取り替える。みんなそうやってきた」という言葉が返ってきた。

 下鴨神社の神事、そこでの出来事は、戦乱や天変地異の中世から続く平安への祈りと、生きるものの命の再生のサイクルにつながっていた。

 そのための技術や文化、素材の継承。私たちが今、そこから得られるものの大きさに驚かされる。(写真・文:俳優・クリエイター 井浦新/SANKEI EXPRESS

 ■いうら・あらた 1974年、東京都生まれ。代表作に第65回カンヌ国際映画祭招待作品「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)など。ヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」では第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。

 2012年12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。13年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。

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