SankeiBiz for mobile

【日本遊行-美の逍遥】其の七(三井寺・滋賀県) 見えるものと見えないもの

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

【日本遊行-美の逍遥】其の七(三井寺・滋賀県) 見えるものと見えないもの

更新

平安時代後期の「木造_大日如来坐像」。現在は金堂に安置されている=2013年7月22日、滋賀県大津市・三井寺(井浦新さん撮影)  7世紀の飛鳥時代に開かれ、9世紀に唐から帰国した留学僧の円珍(えんちん)によって再興された三井寺。源平の合戦、戦国時代と、幾度となく焼き討ちされたにもかかわらずその度に再建され、「不死鳥の寺」とまで呼ばれた寺である。

 国宝10件(64点)、重要文化財42件(720点)を所蔵し、文化財の数は全国でも屈指。今年は宗祖智証(ちしょう)大師円珍の生誕1200年祭にあたり、1年かけて秘仏のご開帳や収蔵庫の建設など、特別な催物が開かれる。僕も縁あって、春は国宝・光浄院(こうじょういん)の空間演出、秋は三井寺を撮影した写真展の開催を予定している。

 三井寺との出会いは、円空(えんくう)仏があるということで、数年前にふらっと立ち寄ったのがきっかけだった。山肌に三井寺、その下に見守られるかのように琵琶湖が広がり、スケールの大きさに圧倒されたのを覚えている。数々の歴史上の重要人物を受け入れてきた重厚な山門、国宝の金堂へ続く参道も美しい。1000年以上にわたり多くの人を惹きつけてきたのは、何事も寛大に受け入れてきた懐の広さゆえか。

 円空も一時期、三井寺に逗留し、水の神様である善女竜王(ぜんにょりゅうおう)像を彫った。その仏像が金堂にあり、金堂の横には天智、天武、持統の三天皇が産湯に用いたという霊泉が、いまもコンコンと湧き出している。琵琶湖とその周辺は、都を支える豊かな水の源泉だ。水が湧き出す場所には力が漲(みなぎ)るものだが、神秘的な音を出しながら湧き続ける霊泉はめずらしい。寺と神社にはそれぞれの信仰の形があると感じている。

 寺には目に見える偶像が祀られ、神社には目に見えない祈りの場が用意されている。三井寺は、目に見えるものと見えないものが共存している。それが土地の力と重なり、唯一無二の雰囲気を漂わせている。

 ≪「陰翳礼讃」 自然光の美しさ≫

 円珍は「霊骸(れいがい)」といわれる、頭頂が尖った独特の頭の形をしている。これは知恵や霊力が高い人物像を現しているそうだ。

 滋賀県を代表する2つの寺、比叡山延暦寺と三井寺。比叡山が権力の象徴ならば、三井寺はその対抗勢力で、実際に三井寺は比叡山に焼き討ちにあい、集う人々も庶民のヒーローが多い。

 弁慶の引き摺り鐘や、僕の興味をかきたてる相模坊天狗。室町時代、相模坊道了という僧が三井寺の勧学院(かんがくいん)書院で密教の修行をしていたとき、突如として天狗となり窓から飛び出し、三井寺の樹齢1000年以上の老杉に止まり、夜明けとともに東の空に向かって飛び去ったという逸話がある。江戸の伝説的な彫刻職人、左甚五郎の龍の彫刻も残されている。

 この龍は毎夜動き出し、琵琶湖周辺で悪事を繰り返していたそうで、甚五郎が龍の左目に鑿(のみ)を打ち込んで、その悪事を封じたという伝説まである。

 明治の日本美術界の目撃者、アーネスト・フェノロサが長く滞在し、その墓があることでも知られる。この地ならではの尽きないエピソードの面白さに、つい引き込まれてしまう。

 もうひとつ、三井寺に足を運んで感じたのが、「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」の美学だ。

 光浄院の狩野山楽が描いたといわれる障壁画も、差し込む自然光がいったん床や畳や壁に当たり、反射してから襖絵に届く。闇のなかで光を放つ金色の奥ゆかしさ、墨色の漆黒の深さ。

 燦々と太陽の照る昼間よりも、斜めに差し込む朝日の光や、夕方の影が無くなる黄昏時の三井寺はとても神秘的だ。

 金堂に祀られた荘厳な仏像を、初めて拝したときの衝撃は忘れられないが、日を追うごとに、そのときにも増してファインダーを覗(のぞ)くのが楽しみになりつつある。(写真・文:俳優・クリエイター 井浦新(いうら・あらた)/SANKEI EXPRESS

 ■いうら・あらた 1974年、東京都生まれ。代表作に第65回カンヌ国際映画祭招待作品「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)など。ヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」では第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。

 昨年(2013年)12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。2013年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。

 【ガイド】

 三井寺は、宗祖、智証大師円珍の生誕1200年を記念して4月13日(日)まで、国宝光浄院(こうじょういん)の夜間特別拝観を実施している。夜間拝観の実施は初めて。光浄院客殿と庭園を灯りを使ったインスタレーションによる演出を手がけたのは、SANKEI EXPRESSの連載でおなじみのクリエイターの井浦新(いうら・あらた)さん。部屋に差し込む月光を効果的に取り入れ、時間の移ろいとともに朝を迎えるようなイメージでライティングを施した。タイトルは「春燈(しゅんとう)」。照明はすべてLEDで、室内に37基のぼんぼりと庭に約20基の行灯(あんどん)を設置した。光と影の織りなす陰翳のゆらめきに日本の美を表現したという。午後6時30分~午後9時まで(午後8時30分受付終了)。三井寺の拝観料は大人500円、中高生300円、小学生200円。光浄院の夜間特別拝観は中学生以上300円(小学生以下無料)。問い合わせは、(電)077・522・2238 三井寺まで。主催:天台寺門宗総本山三井寺(園城寺)、協力:一般社団法人匠文化機構。

ランキング