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【日本遊行-美の逍遥】其の六(吉野山・奈良県) 桜の下に積層する史実
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金峯山寺(きんぷせんじ)の本尊、金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)の中尊(釈迦如来)(井浦新さん撮影) 吉野山の金峯山寺(きんぷせんじ)は修験道の中心地の一つ。開祖とされる役小角(えんのおづぬ)は、僕にとって長年憧れの存在だった。役小角が金峯山(きんぷせん)で修行を積んでいると、そこに金剛蔵王菩薩(こんごうざおうぼさつ)が現れ、役小角は桜の木で蔵王権現(ざおうごんげん)像を彫ったとされている。だから桜は吉野山の神木となり、平安時代から多くの桜が植えられるようになった。春には桜の名所となり、豊臣秀吉も、この美しい吉野山の桜に魅せられた。
一方で、吉野山は、時の権力に従わぬ者たちを受け入れてきた。壬申の乱をおこした大海人皇子(おおあまのおうじ)が隠棲(いんせい)したのも、義経と弁慶が身を隠したのも、京都を逃れた後醍醐天皇が南朝を打ち立てたのも、ここ吉野だった。また、吉野山は、大峰山(おおみねさん)を経て熊野三山へ続く山岳霊場であり、修行道の大峯奥駈(おくがけ)道の北の入口にもあたる。これだけのことが折り重なる場所は、そう多くないだろう。
僕が初めて吉野山を訪れたのは、2009年の冬。車は雪でスリップし、人影も見えず、ひっそり静まりかえっていた。白い息を吐きながら、金峯山寺を目指す。3体の蔵王権現像は想像をはるかに越えた大きさで、凍てつく空気の向こうに、極彩色の青い顔が荘厳さを増していた。遠くから見ると優しい顔も、近づくと怒っている。両極の顔を持つ不思議な神だ。
その後、僕の興味は、金峯山寺の塔頭である脳天大神(のうてんおおかみ)・龍王院へ向かった。金峯山寺から400段もある長い急な階段を下っていくと、空気が変わるのを肌で感じることができる。瀧の行場があり、神気漂う場所。そのときの空気が、胸の奥の方に今でも残っている。
その年の4月、今度は春の吉野山を訪れた。冬に見た吉野山の姿とは異なり、山全体が桜色に染められ、こちらも元気になるほどの生命力にあふれていた。冬と春、桜の下に積層する史実の数々。表裏のせめぎ合う、一筋縄ではいかない場所だと感じた。
≪門戸開放 新たな文化生み出す境界線≫
奈良や京都に都があった時代には、都の罪人は、吉野山を経由して、大峯奥駈(おくがけ)道を通って和歌山へと流刑されたそうだ。歴史上、かくも多くの人々が、なぜ吉野山を目指したのか。そのことで僕の頭はいっぱいになった。
吉野の地を訪れて感じることは、弱き者、従わぬ者に対して、門戸が大きく開かれているという感覚だ。南北朝時代の戦に負けて、権力に屈服せざるをえなかったという、700年も前の記憶が、今も残っているのかといわれれば、それは僕の想像をはるかに超えてしまっている。しかしここに流れる空気が、寡黙で気高いことだけは確かだ。
生命観に満ちた吉野山の桜も、実はこのまま放っておけば数十年後に枯れるといわれている。少しでも力になりたいと、僕も保全活動に参加しているのだが、その活動にしても、観光客への門戸を閉ざすのではなく、まずは来て感じてもらい、活動に参加してもらおうというスタンスをとっている。その根幹にある開かれた精神は、今も昔も変わらない。
吉野山は、聖と俗、中央と外縁の境界線であり続けてきた。そして境界線だからこそ、人は避けるのではなく、通り過ぎ、しばし身を委ねてきた。そこでは人や文化が出会い、多くのものが生み出される。境界線は何かを断ち切るものではなく、交差し合い、文化を育む豊かな場であることを、吉野山は教えてくれた。
日本の魅力とは、この小さな列島に、海や大陸の文化が流入し、それが土着の文化と融合し、新しい文化を再生産し続けている点ではないだろうか。そのことと吉野山が重なって見える。そんなことを考えつつ、山上の金峯山寺で、刻々と変わる空をぼんやり眺めた。雨が降ると霧が沸き上がり、それが晴れたら、美しい夕陽が顔をのぞかせた。(俳優・クリエイター 井浦新、写真も/SANKEI EXPRESS)
昨年(2013年)12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。2013年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。
金峯山寺(きんぷせんじ)では、世界遺産登録10周年記念と仁王門(国宝)の大修理勧進のため、2014年3月29日(土)から6月8日(日)まで、本堂(蔵王堂)の日本最大の秘仏本尊、金剛蔵王大権現3体(重要文化財)を公開する。拝観時間は午前8時30分~午後4時30分(受け付けは午後4時まで)。大人1000円、中高生800円、小学生600円。問い合わせは金峯山寺(電)0746・32・8371まで。