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「習政権が天安門見直し」 打ち砕かれた希望
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中国で民主化運動が弾圧された1989年の天安門事件が6月4日で25年を迎えた。習近平(しゅう・きんぺい)政権は事件の再評価を求める動きを広がることを警戒し、全国で事件の遺族や人権、民主化活動家らを次々と拘束し、その数はすでに100人を超えたといわれ、近年で最も厳しい締め付けを行っている。習政権が発足した直後、「弾圧に関わっていない新しい指導部が党の負の遺産を清算してくれる」と関係者の間で期待されたが、その希望が打ち砕かれた。
毎年、天安門事件が起きた4日前後になると、北京に駐在する外国人記者が忙しくなる。「事件の再評価を求める知識人がどこかで小規模の追悼集会を行っている」「遺族がインターネットで政府を批判する声明文を発表した」といった情報が飛び交うのだ。早めに取材を開始しないと、集会が途中で治安当局によって中止させられたり、声明文が削除され手に入らなくなったりする恐れがある。
しかし、今年は例年と違った。北京市警察当局は4月末から5月初めにかけて、事件の遺族の多くを北京市以外の都市に連行したほか、外国人記者らと普段連絡を取っている民主活動家、人権派弁護士らを拘束した。米国に拠点を持つ人権団体の統計によると、拘束者は100人を超えたという。
遺族らが毎年発表する声明文も今年は当局の妨害を受け、発表できなかったという。外国メディアに対する取材妨害も近年で最も激しく、事前に関係者と会っただけで拘束された外国メディア関係者も複数いた。
「習近平体制の下で事件の見直しが進むと期待したのに、逆に締め付けが厳しくなった」
多くの遺族が落胆した。
2012年11月に習近平体制が発足した直後、遺族たちが高い期待を寄せたのには、それなりに理由があった。新政権の最高指導部(中国共産党中央政治局常務委員)のメンバー7人は事件当時、ほとんど課長、局長級の地方幹部だったため、武力弾圧との関わりはない。事件の責任者を追及しても、彼ら自身にその責任が及ぶことはないわけだ。
習近平国家主席(61)の父親で、党長老だった習仲勲(しゅ・ちゅうくん)氏(1913~2002年)は事件当時、全人代常務副委員長(国会副議長)を務めていたが、学生に同情的な言動を取ったため最高実力者の●(=登におおざと)小平(とう・しょうへい)氏(1904~97年)に嫌われ、権力中枢から追われたことはよく知られている。
また、現政権ナンバー2の李克強(り・こくきょう)首相(58)は、党の下部組織で長年、青少年教育の仕事を担当し、天安門広場に陣取った多くの学生リーダーとも交流があった。事件当初、大学生らのデモに理解を示していたともいわれる。
「習主席と李首相が協力して、共産党の負の遺産を清算してくれるに違いない」。そんな希望的観測が関係者の間で流れるのはたやすいことだった。
習政権が1989年の武力弾圧について謝罪すれば、国内外で高い評価を受けるのは間違いなく、政権にもプラスになるだろう-多くの人がそう考えたのだ。
しかし、習政権は天安門事件を再評価するどころか、胡錦濤(こ・きんとう)前政権よりも厳しい姿勢をとった。その理由として、改革派の党古参幹部は以下の3つを挙げる。
(1)天安門事件について謝罪すれば、民主化を求める大学生らの主張を認めることになる。習氏本人もその家族も、共産党一党独裁政権の恩恵を受けた特権階級であり、そもそも民主化を受け入れるはずがない。
(2)習主席は保守派と軍に主な支持基盤を持つ。江沢民(こう・たくみん)氏(87)、李鵬(り・ほう)氏(85)ら天安門事件当時の指導者の支援をも受けている。事件を見直せば、長老や軍の反発は必至で、習氏の支持基盤の弱体化につながりかねない。
(3)党が持つ負の遺産は天安門事件だけではない。反右派闘争、大躍進、文化大革命、少数民族弾圧など数多い。1つについて謝罪すれば他のことに必ず飛び火し、ドミノ現象のようなことが起き、共産党の歴史が全部否定されかねない-。
この古参幹部は「一党独裁体制をやめるという決心がなければ、天安門事件の見直しは残念ながら、ない」と言い切った。(中国総局 矢板明夫(やいた・あきお)/SANKEI EXPRESS)