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クール・ジャパンはここから始まっている 江戸博物画の驚くべき描写力と構図 松岡正剛
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上から島津重豪の辛夷(こぶし)、左に掘田正敦のメジロ。右に高木春山のサイチョウ。下左が重豪のフトモモ。下が栗本丹州のランチュウ(小森康仁さん撮影、佐伯亮介さんデザイン、松岡正剛事務所提供)
高木春山という絵師がいた。幕末に『本草図説』を描いた。驚くべき精緻な構図と筆致で植物や動物をとりあげた。なかでも鳥類とウナギやカエルなどの水棲生物に異様な情熱を注いでいる。かつて荒俣宏君が「松岡さん、高木春山って知ってます?」と訊いてきたときは、思わず「天才だね」と言ったほどだ。
ヨーロッパで博物学(ナチュラル・ヒストリー)に当たるものを、中国や日本では「本草学」と言う。植物のことだけでなく、草木虫魚はむろん、鉱物・岩石・化石から薬物・怪物・天変地異までを対象にする。日本の本草学が勃興したのは8代将軍吉宗が実学を奨励してからのことで、最初は丹羽正伯、野呂元丈、田村藍水らの御典医たちが研究や調査に当たり、そこから植物専門の小野蘭山らが登場し、貝原益軒の『大和本草』で堰を切るかのように、江戸本草学が開花した。
しかしぼくが瞠目するのは、研究調査の成果だけではなく、それを描いた絵師たちの才能だ。すでに元禄の尾形光琳に端を発していた写生力は、一方では渡辺始興や円山応挙のジャパン・リアリズムに引き継がれ、他方では歌麿から北斎に及ぶ浮世絵師たちの意表をつく趣向に発展して、ついに堀田正敦のニワトリ、栗本丹州の金魚、武蔵石寿の魚介類、水谷豊文のクワガタやセミ、馬場大助の狐狸類と水禽類などに広がって、ついに高木春山まで達したのだった。
いや、そのほか関根雲停のカニ、吉田雀巣庵(じゃくそうあん)のトンボ、奥倉辰行の魚類も、服部雪斎の鉱物描写も、ものすごい。ともかく江戸博物画を見ることは、いつも涎(よだれ)が垂れるほど、ぼくをたっぷり堪能させてきた。
いったい何がこんなに堪能させるのか。まずは顔料(岩絵具)で描かれていることがいい。塗りたくっていないし、重ね塗りがない。次に筆致と描写力とがいっぱいに闘いあっている。そのため平板なカタログにならず、生き生きと見えてくる。さらには世界中の美術家たちが驚愕した浮世絵がそうであったように、見る者をそこへ誘いきるかのような構図が圧倒的な魅力なのである。
もし、一度もこの手の江戸博物画を見たことがないなら、どうしても見なさい。日本に自信がもてるようになる。
ともかくこの一冊を入手すべきだ。かつて「アニマ」に連載されていたものだが、江戸の本草学者と本草絵師たちが、時代順にほぼオンパレードしている。表紙のカニは細川重賢の絵だ。本草絵は日本におけるヴィジュアル・エンサイクロペディアだと思えばいい。正確をめざしつつも、見る者を驚かせたいという意欲に満ちている。そこが何度見ても飽きさせない。一家に一冊、江戸博物学。クール・ジャパンはそのあとだ。
呆れるほど、すばらしい。すべての動物描写が表情をもっている。こういう博物画はヨーロッパにはない。なぜなら、これらは「活画」なのである。日本では、古来、「活けどり」が発達してきた。それが「活け花」や「刺し身」にもなった。絵も同じなのだ。高木春山は同時代人には知られていなかった。それがいったん収集家の目にふれたとたん、爆発した。本書は描かれた動物たちの解説も詳しい。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)