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イケメンにだけ許される「変」な趣味 乾ルカ

 インターネットでよく使われる言葉に、「可愛いは正義」というものがあります。私は、顔が怖いといわれることが多いので、「可愛いは正義なんだよ!」と断言されてしまっては立場がない人間なのですが、現実として、「まあ、ある意味真理だよな」とも思います。

 それの男性版として、「ただし、イケメンに限る」「イケメン無罪」という言葉もあります。たとえばブサメンが変わった趣味(公序良俗に反しない)を持っていたとしたら、「キモい」と蔑(さげす)まれるかもしれませんが、誰もが認める美形だったら、ギャップとして受け入れられる可能性が無きにしもあらず。顔って大事ですね。書いていて悲しくなってきました。

 ぬいぐるみ偏愛

 バラエティー豊かなミステリ5編を収めた短編集『赤い糸の呻き』(西澤保彦著)。その冒頭を飾る「お弁当ぐるぐる」に登場する音無美紀(おとなし・よしき)警部は、「ただし、イケメンに限る」を体現するようなキャラクターです。

 将来を嘱望されるキャリア組の音無警部は、絶世の美貌の持ち主。男なんて必要ないと自立するクールな女刑事、則竹佐智枝(のりたけ・さちえ)がぼーっとなって、仕事中も目くるめく妄想に耽(ふけ)ってしまうほどの美しい男性です。でも音無警部はキャリア組の給料の大半をぬいぐるみ収集につぎ込むという、ちょっと変わった趣味があります。

 これが並のルックスの男だったら、「男のくせにテディベアとか、ぬいぐるみに名前を付けてうちの子呼ばわりとか、ドン引き」と読者もなるでしょう。でも、音無警部は許される。なぜなら美しいから。まさに「ただし、イケメンに限る」「イケメン無罪」状態。音無警部のぬいぐるみに対する偏愛ぶりは、モノローグでふんだんに語られ、ややもすると、いい大人の男が…と引いてしまいそうになるかと思いきや、誰もが見惚れる美しい人のモノローグですので、「もっと妄想して!」「そんなにぬいぐるみが好きなんだ。美形でキャリアなのに、可愛い!」となるのが不思議です。

 もちろん、この作品、キャラクターの魅力だけではありません。読者への挑戦も付いている、れっきとした本格ミステリです。

 他4編に音無警部は登場しませんが、いずれも短編ながら読みごたえのあるミステリばかり。「墓標の庭」「カモはネギと鍋のなか」「対の住処」と、どこかしら独特な、だからこそぐいぐいと引き込まれるせりふ回しに導かれて話は進み、はっと最後に気づけば見事にだまされている。「えっ、そんな」と思って読み返すと、ちゃんと論理的に成立していて、ついついうなってしまうこと請け合いです。

 表題作の「赤い糸の呻き」も、正統派ミステリでありながら、ある意味一種のホラーでもあり、切なくも一途な純愛小説としても読めてしまう。3年前に起こった、停電したエレベータ内での殺人について、その場にいた女性刑事が彼女の義理の妹(八面玲瓏たる美女!)に語り、2人が会話するという形で、話は進行していきます。2人のガールズトーク-内容は殺人事件についてなのですが-で、疑問や矛盾、動機がひもとかれていき、ついにはエレベータ殺人の真相が明かされる。

 でもそのあと、さらにもう一つ明るみにでる『秘密』があるのです。

 この最後の『秘密』が、個人的に心にぐっさりきて、何度も何度も読み返してしまいました。はあ、そうだったのかあ…。

 ずっとそのままで…

 ちなみに、ぬいぐるみを偏愛する音無警部は、『ぬいぐるみ警部の帰還』で待望の再登場を果たしました。5編の短編を収録したこちらはすべて、絶世の美貌を誇る音無警部が活躍します。もちろん、ぬいぐるみをこよなく愛する趣味はそのまま。少し違うのは、「お弁当ぐるぐる」ではモノローグとして音無警部のぬいぐるみを愛する心の声が直接読めましたが、『ぬいぐるみ警部の帰還』の5編では、そのモノローグがない点。この理由については、著者があとがきで書かれています。

 モノローグがなくとも、作品を読めば、「ああ、音無警部の頭の中は、ぬいぐるみでいっぱいなのね」とわかる描写がありますので、ファンは安心です。言うまでもなく、ミステリ作品としても、上質な作品ばかりがそろっており、楽しみながらだまされることができます。

 ぬいぐるみを異常に愛する、美しい音無美紀警部。この「イケメン無罪」を地で行くシリーズ作品を、今後も継続して読んでいきたいと、一ファンとして願っています。そして、音無警部はずっとそのままで、ぬいぐるみと添い遂げてほしい…なんて思ってしまうのです。(作家 乾ルカ、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■いぬい・るか 1970年、札幌市生まれ。銀行員などを経て、2006年『夏光』で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。10年、『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。12年、『てふてふ荘へようこそ』がNHKBSプレミアムでドラマ化された。近刊に『モノクローム』。ホラー・ファンタジー界の旗手として注目されている。札幌市在住。

「赤い糸の呻き」(西澤保彦著/創元推理文庫、842円)

「ぬいぐるみ警部の帰還」(西澤保彦著/東京創元社、1620円)

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