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ロシアに送った好意的メッセージ

 日本政府は8月5日、外務省・財務省・経済産業省の連名で、<クリミア自治共和国及びセヴァストーポリ特別市のロシア連邦への「併合」又はウクライナ東部の不安定化に直接関与していると判断される者に対する資産凍結等の措置について〉という発表を行った。措置の内容は、40人と2団体に対する資産凍結やクリミア共和国とセヴァストーポリ市を原産地とする全ての貨物に対する輸入制限などだ。

 40人のうち日露関係に影響を与え得る人物は1人もいない。有名人は、ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ前ウクライナ大統領、ナタリャ・ポクロンスカヤ・クリミア共和国検事長(いわゆる「美しすぎる検事総長」)くらいだ。クリミアと日本の貿易も微々たるものだ。米国、EU(欧州連合)と共同歩調を取りつつも、日本政府はロシアとの関係に及ぼす実害を極少にするように配慮した追加制裁を行った。

 表面的には反発

 これに対して、ロシア側は、少なくとも表面的には激しく反発している。ロシア外務省は8月5日、マリヤ・ザハロヴァ情報出版局副局長名で、<日本政府が新たに反ロシア制裁を決定した中でロシア外務省イーゴリ・モルグロフ次官と日本外務省杉山晋輔審議官が会談を持つことは不適切である>(露国営ラジオ「ロシアの声」日本語版ウエブサイト)と発表した。

 もっとも大統領報道官や外相でなく、外務省情報出版局副局長という低いレベルで声明を出していることは、ロシアとしても「事をそれほど荒立てるつもりはない」というメッセージだ。

 6日の「ロシアの声」の論評は<キエフ当局がロシアと、再びロシアの一部となってしまったクリミアにさんざん嫌がらせをしようとすることは理解できる。キエフの政治家と米国の同盟国らは未だに臍(ほぞ)をかんでいる。なぜならキエフ当局と米国の計画では、米軍基地となり、ロシアへの軍事的圧力を拡大するための前進基地になるはずだったクリミアが、目の前で突然離れていってしまったからだ。だが、ロシアとクリミアが日本に何の悪さをしたというのか? クリミアはロシアの一部となることで、日本の投資に対し、たとえばリサイクルエネルギーを含むエネルギー産業に、また観光に一層広く門戸を開放できたはずなのだ。だが、相互協力を拡大する代わりに日本は事実上、これを害するための手を尽くしてしまった。いったい何故? なんのために? 自分の第1の同盟国、米国がこれを望むという理由だけで? だが日本政府は果たして米国の外交政策が完璧なものと信憑(しんぴょう)性を感じているのだろうか?>との見方を示した。

 「日本は米国に言われて対露追加制裁に付き合わざるを得ないのでしょうけど、本当にそれが日本の国益に合致するのでしょうか」という問いかけを行っている。ひとことで言うと、ロシアは日本との関係悪化を望んでいない。

 カギ括弧の意味

 もっとも日本側も今回、ロシアに好意的シグナルを贈っている。それは、クリミア「併合」とカギ括弧を付けたことだ。併合とは他国の領土を非合法に自国領にすることだ。ロシアはこの言葉に強く反発している。従来、日本政府は併合にカギ括弧をつけていなかった。7月17日に岸田文雄外相がキエフでウクライナのヤツェニューク首相と会談したときの外務省HPの記録では、岸田首相が<クリミアの併合など力を背景とする現状変更は決して容認できない>と述べたと記している。ここには併合にカギ括弧はついていない。

 外交の世界でカギ括弧は、「文字通りではなく“いわゆる”」を意味する。クリミア「併合」という表現で、日本政府は、本音では併合と思ってるわけではありませんよ、というシグナルをロシアに送ったと筆者は見ている。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS

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