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空き家活用して「地方創生」を

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空き家活用して「地方創生」を

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住宅価格総合指数(2009年~2014年。※2008年度=100、12カ月移動平均)=2014年8月26日現在、※データ:国土交通省  【国際政治経済学入門】

 「帰りなんいざ、田園まさに蕪(あ)れなんとす、何ぞ帰らざる」(陶淵明の「帰去来」から)

 「タダ同然で住めるよ」

 お盆休みに久方ぶりに古里に帰った。高知県の山間の小さな町で、清流も山々の緑は昔のまま。竹馬の友や縁者から「こちらにはだれも住んでいない田舎家が一杯あり、タダ同然で譲り受けられるし、改装したら快適に住めるよ」と勧められる。陶淵明の漢詩を思い浮かべながら、さっそく探索。

 谷あいの集落に入ると人気というものをまるで感じない。立派なつくりの知り合いの旧家も目に入ったが、これも無人。そこに移り住んだとしよう。生活の足は、となると自分で車を転がして狭く曲がりくねった町道を走らせて片道30分の国道沿いのスーパーまで行かなければならない。と考え込みながら、いくつ目かのカーブでハンドルを切ると、レンタカーの脇腹がガリッ。ひしゃげたガードレールの突起部分に気付かなかった。

 何とか気を取り直して、比較的交通が便利なふもとの町に下ってみると、半ばゴーストタウンと化している。昔は映画館が2軒もある田舎の「○○銀座」だった旧街道沿いの商店街は、広大な駐車場付きで国道沿いにオープンした広々とした大型スーパーに客をとられ、空き家だらけだ。この光景は日本全国いたるところで見られる。

 東京の「独り勝ち」

 ちなみに、総務省の「2013年住宅・土地統計調査」によると、全国の空き家数は過去最多の820万戸(マンションなどの共同住宅の一室も含む)で、空き家率は過去最高の13.5%に増えた。都道府県別で空き家率が最も高かったのは山梨県(17.2%)で、愛媛(16.9%)、高知(16.8%)。なるほどわが郷里は最悪水準である。

 価格が一定水準まで下がれば買い手がつくのが市場原理というものだが、住居としての資産価値は十分あるはずなのに買い手がつかないから、市場価格はゼロ。国土交通省は、こうした各地の住宅価格を一括して調べた「住宅価格指数」を最近試験的に算出した。

 グラフでは住宅価格指数の全国平均、京阪神圏と東京都を対比してみた。「アベノミクス」が始まった13年1月以降、指数が上がっているのは東京都だけで、全国平均も京阪神も共に13年9月以降下がり続け、長期化する資産デフレのトレンドから抜け出せないでいる。中部圏もやはり全国の動向と傾向は同じである。要するに、東京の「独り勝ち」なのである。

 上記のような値のつかない空き家が全国いたるところにあるのに、東京では狭苦しくて価格が高い住居がひしめいている。もちろん、東京の都区部でも空き家は散見されるが、いつでもよい値で売れる、つまり市場価値が十分ある点で地方とは決定的に異なる。

 ミスマッチ

 東京など巨大都市から、より安く広く快適に住める地方に人口移動が起きるというのが、市場原理というものである。各地域や集落に人が住めるようにする国と地方自治体の政策があってこそ、住まいの市場原理が機能する。人、特に現役世代がいない自治体は存続しえない。

 地方では拠点の大都市に人口が集中する傾向があるが、大規模な土石流で被害を受けた広島市の新興住宅地のような悲劇も起きる。人が長い間暮らしてきた伝統ある集落の多くは、先祖代々から引き継がれた安全策に守られているというのに、空き家だらけ。対照的に、山すそを新しく切り開いて、突如、自然の猛威になすすべもないとは、何と言うミスマッチか。

 現役世代と一緒に

 筆者故郷の旧市街地区では、大阪での大会社エリート・キャリアに見切りを付けた40歳の地元出身者のK君が、奥さんと子供2人を連れて、古家を改造して移り住んだばかりだ。オフィス兼用とし、起業コンサルタントとして企業の育成プロジェクトに励んでいる。

 コンサルタントの報酬は、地鶏卵数ダースなど「現物」が圧倒的に多いそうだが、地元の若者たちの間でぽつぽつと起業への関心が広がり始めている。K君らのアイデアを受けて、古家や廃校跡を改造して貸しオフィスとして、大都市圏からの仕事場の移転を働きかける自治体の動きも出てきた。

 「光ファイバー、無線LANなど、インターネットのインフラさえ整えば、職住近接の快適な環境で好きな仕事ができるはずだし、広い住居と自然の中で子供たちも伸び伸びと育つ」とK君。陶淵明は中央での役人生活から隠遁(いんとん)するために田園生活を選んだそうだが、一代限りだ。現役ばりばりの世代がパイオニアとして地方に定住するのは何と心強いことか。

 安倍晋三首相は遅ればせながら、「地方創生」を言い出したが、カネをばらまかなくてもよい。空き家という人のいない空間を再生させるために、K君ら志しある現役世代の協力を得ながら、国と地方が一緒になって知恵を絞ればよいのだ。(産経新聞特別記者・編集委員 田村秀男/SANKEI EXPRESS

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