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民主化の歴史を語り継ぐ「小人」たち ポーランド・ウロツワフ
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ウロツワフ中心部の通りに設置された小人像。かわいらしさのため、子供も足をとめた=2014年8月13日、ポーランド・ウロツワフ(宮下日出男撮影)
「小人」といえば、白雪姫などのおとぎ話を思い浮かべるかもしれない。だが、ポーランドには「小人の街」が実在する。南西部ウロツワフでは街の至る所をさまざまな小人像が飾り、その愛らしさが人気だ。ルーツが旧共産党支配下での反体制運動にも通じる街のシンボルは、ポーランド民主化から25年を迎えた今、その歴史も語り継ぐ。
ウロツワフはシレジア地方の中心都市の一つとして1000年以上の歴史を持つ。旧市街にはゴシックとルネサンスが調和する旧市庁舎が威容を誇り、周りの広場では芸人がアコースティックギターを奏で、多くの観光客がカフェを楽しんでいた。
広場の脇の通りに入ると、通り沿いに並ぶ球状の縁石の一つを子供が取り囲んでいた。よく見ると、足元にあったのは2体の小人像。まるで縁石を運び去ろうとしているかのようなポーズだ。旧市庁舎の裏側では、観光客が相次ぎしゃがみ込んで写真を撮っていた。3体の小人像との記念撮影だ。
アイルランドから観光に来た高齢の女性は「歴史的な建物を見るのが目的だったので、小人のことは知らなかった」と驚き顔。国内の別の街から家族で訪れた少女、カーシャさん(13)は「かわいい。10体くらい見つけたわ」。
市の観光案内所によると、現在設置されている小人像は約300体に上る。観光客に楽しんでもらおうと2005年以降、市や市民らが設置を始めたのだが、旧市街だけでなく、郊外にも広がった。案内所には土産用グッズばかりでなく、小人探しのための地図も販売されていた。
小人像は個性豊かだ。レストラン前では満腹で倒れた姿で客を楽しませる。銀行前では現金自動預払機(ATM)から現金を引き出し、ホテル前の小人はベッドで休んでいた。
「客からは『あれは何』と聞かれたら、『うちはいつも満室で彼が寝る部屋がないの』と答えるの」。ホテルの女性従業員は笑顔で語った。「子供も楽しめるし、いいアイデアだ」と地元男性も歓迎だ。
とはいえ、小人探しも容易ではない。地図上の場所を探してもなかなか見つからず、あきらめて空を見上げると、意表を突くように小人が街灯の上方から見下ろしていた。ある家族連れは2日間探し回ったが、見つかったのは約90体という。
なぜ、街のシンボルが小人なのか。「なにか伝統でもあるのだろうか」。街の近郊出身の若者もそう首をかしげた。謎を解くヒントは小人像“第1号”とされる「パパ小人」にあった。他の小人像より大きく、趣も異なる。正式名は「オレンジ・オルタナティブ記念碑」で、01年に建立された。
オレンジ・オルタナティブとは、旧共産党支配下のポーランドで戒厳令が出ていた1980年代前半、ウロツワフで始まった反体制運動だ。当時、街中には体制批判の落書きがあふれたが、当局は白ペンキで上塗りして消した。これを皮肉るように若者が三角帽子の小人をその上から描き始め、それが広がった。
ポーランドの民主化運動では自主管理労組「連帯」が知られる。だが、オレンジ・オルタナティブの若者らもその後、ユニークな運動を展開し、80年代後半にはウロツワフやワルシャワで小人姿でデモを行うなどして注目された。
ウロツワフ中心部から外れた住宅街に当時の落書きが残っていた。建物は壁が塗り替えられるなど改修されていたが、正面ドア横の一部は当時のまま。オレンジ色の三角帽子をかぶった小人の絵が色あせながらも、ガラスで保護されていた。
「当時のことは幼くて覚えていないが、本で勉強した。面白い運動だ」と通りかかった大学勤務のヤクブ・サラニックさん(30)。市は公式には小人像と運動の関連はないとするが、「どんどん増えるのは当時と似ていて歴史を思い出させてくれる」と同僚のアレク・シェンキビッチさん(40)はほほ笑んだ。(宮下日出男、写真も/SANKEI EXPRESS)