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【タイガ-生命の森へ-】自由自在に操ってこそ一人前

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【タイガ-生命の森へ-】自由自在に操ってこそ一人前

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オモロチカと呼ばれる伝統的なカヌー。ビキン川の水面を滑るように進む=ロシア・クラスヌイ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)  タイガでウデヘの猟師が使う舟は2種類ある。いずれも木製で、ロットカと呼ばれる船外機をつけた舟と、オモロチカと呼ばれる小さなカヌーだ。

 ロットカは村から遠いタイガへ向かう時に使う。スピードと馬力があり、大人4~5人と相当な荷物を載せて水量のあるビキン川を遡(さかのぼ)ることができる。シカやイノシシなどの獲物もそのまま数頭載せてびくともしない。ちなみにエンジンはほとんど日本製だ。

 オモロチカは長さ4メートル、幅80センチほどの、一人乗りの伝統的なカヌーである。急な流れを長く遡るのは無理だが、利点は何よりエンジン音で動物を警戒させないこと。燃料もかからず、機械の故障とも無縁だ。ウデヘの猟師はよく小さなオモロチカをロットカに積んで上流の狩小屋へ入り、そこからオモロチカに乗り換え流れの弱い支流に入ってゆく。

 水面を滑るように進むオモロチカは本当に驚くほど静かだ。そうして浅瀬でシカの足跡を見つけると舟の中に潜み、水辺にやってくるシカを待ち伏せするのである。

 舟が細いだけにバランスをとるのは難しい。この美しい小舟を自由自在に操って狩りができてこそ、ウデヘの猟師としては一人前である。

 ≪小舟に詰まった自然と人の知恵≫

 猟師がオモロチカに乗り込み独りで夕暮れの森に消えてゆく姿は、人がタイガや動物たちの世界に音もなく溶け込んでいくような独特の一体感がある。舟の材料自体、タイガに生えた木でまかなえるということも素晴らしい。

 ある夏の終わり、ベテラン猟師のイワン・ゲオンカを訪ねると、もう少しで完成するというオモロチカを見せてくれた。削りたての木肌がまぶしい。

 「材料はアムールシナノキだ。倒してからすぐ作り始める。生木の方が柔らかくて削りやすいし、割れづらいんだ。作っているうちに割れてきたら水をかけて湿らせながら進める。できた後も直射日光に当てず日陰でじわじわ乾かす。丁寧に使えば10年はもつよ」

 木を削る道具は短めの手斧と日本の大工の“ちょうな”をぐっと短くしたような道具。いずれも舟の曲面を削り出すため丸みのある刃がついている。道具自体きわめてシンプルだ。イワンいわく、塗装すると音が響くので削り出した木肌のままがいいという。

 面白いことに、オモロチカを漕ぐにはヘラ型の櫂(かい)だけでなく、ヤナギの枝を切った棒も使う。長さ60センチ、太さ人差指ほど。先端5センチほど皮を剥ぎ、少しとがらせただけのいわば“棒切れ”だ。だが流れの緩い浅瀬ではそれで十分だし、水にさしても櫂以上に音がしない。そして急に獲物が現れた時はパッと手放し、銃に持ち替えるのだ。川に流してもまたいくらでも作り直せるから、まったく惜しくないのである。

 色あせたオモロチカもそうかもしれないが、一見頼りなく見える昔からの道具が、実に理にかなっている。さらに感心するのは、使い終わってもやがて土に還るだけで、タイガを汚さないことだ。

 森の木で自分が乗る舟を作り、森で育った動物を狩る。舟が不要になってもゴミを残さない-。それは今の時代なかなか実現できることではない。

 僕自身、人力頼りのカヌーが好きで北海道やアラスカで長い川旅をしている。またアイヌの伝統的海洋船“イタオマチプ”をカナダのバンクーバー島で2カ月かけて復元し航海する旅に参加したことがある。そこで実感したのは、生きた道具としての木の舟は、作る人と使う人、そしていい水辺と森があって初めて未来に残っていくということだ。

 今も現役の道具としてビキン川をゆくオモロチカは美しい。小さな木の舟には、タイガの自然と人の知恵とが詰まっている。(写真・文:写真家 伊藤健次/SANKEI EXPRESS

 ■いとう・けんじ 写真家。1968年生まれ。北海道在住。北の自然と土地の記憶をテーマに撮影を続ける。著書に「山わたる風」(柏艪舎)など。「アルペンガイド(1)北海道の山 大雪山・十勝連峰」(山と渓谷社)が好評発売中。

 時代を問わず、水のある場所には必ずその土地に合った舟が発達する。オモロチカは川が網の目に入り組むタイガでの狩猟にぴったりな、小回りのきく舟だ。

 ■ビキン川のタイガ ロシア沿海地方に広がる自然度の高い森。広葉樹と針葉樹がバランスよく混ざっており、絶滅に瀕したアムールトラをはじめ、多様な種類の野生動物が生息している。

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