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科学
羅臼・春を迎える知床の海 風格漂う「氷海の王者」
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流氷に降り立ったオオワシ。氷海の王者の風格が漂う=2014年2月23日、北海道目梨郡羅臼町(伊藤健次さん撮影) クワッ、クワッ、キャキャッ。
流氷の広がる根室海峡にオオワシの甲高い声が響く。
上昇気流を受けて青空高く舞うもの。急降下して魚をつかむもの。それを猛スピードで追い、空中で鉤爪(かぎつめ)を伸ばして奪おうとするもの-。オジロワシと合わせて700羽ほどの海鷲が知床半島羅臼付近に集まり、厳寒の氷海で熱い戦いが繰り広げられている。
知床半島と国後島に挟まれた海峡には1月頃から流氷が流れ込み、2月から3月にかけて白い流氷原が帯のように広がる。海鷲はオホーツク海を南下してくる流氷と同様に、北方のサハリンや千島方面から長い旅を経て渡ってくる。そして餌の魚やねぐらとなる樹林に恵まれた半島付近でひと冬を過ごす。寒風吹きすさぶ空と、流氷に覆われた海。冬だけに現れるこの風と氷雪の世界に、オオワシはつくづくよく似合う。
オオワシは翼を広げると最大約2.4メートル。体長約100センチ。オジロワシよりひと回り大きく、海鷲の仲間では最大の体格だ。さらにそのデザインが目を引く。氷海に灯をともすような黄色のくちばし。肩と尾の白羽根が黒褐色の体に鮮やかなコントラストを描く。風に乗り自由に飛翔(ひしょう)する姿は、まさに氷海の王者の風格が漂う。
≪長いようで短い「冬の祭り」≫
オジロワシが北半球に広く分布し北海道でも少数が繁殖するのに対し、オオワシの繁殖地はロシア極東のオホーツク海沿岸やカムチャツカ半島に限られる。その一部が北海道へ冬鳥として渡来し、春には子育てのため繁殖地へと帰ってゆく。限られた分布ゆえに、この鳥はバードウォッチャーの憧れのまとだ。
その美しい姿をひと目みたいと日本全国、いや世界中の鳥好きが知床へやってくる。あたかも氷が流れ寄るように。特にヨーロッパの人々にオオワシは人気が高い。近年は台湾、中国、韓国からの旅人も増え、羅臼のクルーズ船のデッキは世界各国の言葉が飛び交う。過半数が海外客となる便も多く、“国際船”の様相である。
羅臼港から船で沖の流氷帯に近づく。緩やかなうねりとともに氷同士のぶつかる音が聞こえる。遠目には平板に見える流氷だが、風や潮の流れで重なれば、背丈以上に高さのある複雑な氷塊となる。まるで“氷の根”みたいに水面下に1メートル以上も伸びている大物も。船がぶつかればギューィときしむ激しい音。衝撃で倒れそうになり、氷の重みを改めて思い知る。よくぞ塩分のある海で分厚い氷が生まれ、ここまで旅をしてくるものだ。
流氷の旅にはダイナミックな仕掛けが隠されている。モンゴル高原から流れるアムール川がユーラシア大陸北東部の水を広く集め、大河となってオホーツク海へ注ぐ。その大量の淡水が海面の塩分濃度を下げて海面が凍りやすくなるのだ。そこにシベリアからの強い寒気が吹きつけ“流氷の赤ちゃん”が誕生する。氷の群れはサハリン沿岸の東樺太海流に乗ってじわじわ成長しつつオホーツク海を南下し、ついに北海道へと流れつく。
北海道沿岸は流氷の南限、つまり氷の旅の終着駅である。
かつて羅臼でスケトウダラが豊漁だった頃、オオワシやオジロワシは2000羽ほどが知床半島周辺で越冬していたという。漁の網からこぼれた大量の魚が、海鷲たちの格好の餌になったのだ。漁が下火になった今、北海道各地に分散して越冬するようになった。近年はエゾシカが増え、猟師が置いていった残骸が海鷲の餌となり、内陸の森でもよく見るようになった。
流氷も年ごとに変化はあるものの、ここ数十年は勢力が弱くなる傾向が続く。温暖化やさまざまな環境変化は、果たして流氷や海鷲の旅にどんな変化をもたらすのだろうか。
毎年冬、羅臼の沖には流氷と海鷲と人の旅が交差する。圧倒的な氷海に抱かれ、普段は会えない鳥と人に出会う。冬の祭りのようなひと時。冬は長いようで短く、輝く出合いは一瞬だ。オオワシの姿を追うごとに、私は氷海での時間がかけがえのないものに思えてきた。
羅臼には風速30メートルを超える嵐が何度か過ぎて、いつしかオオワシの北帰行が始まった。
春が近い。(写真・文:写真家 伊藤健次/SANKEI EXPRESS)
<取材協力> 知床ネイチャークルーズ www.e-shiretoko.com/