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知床半島最奥の地 赤岩 海草密生 まるで水中の森

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知床半島最奥の地 赤岩 海草密生 まるで水中の森

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潮が引くと海岸に大量のコンブが現れ、小さなカニや貝が潮だまりにひしめいていた=2014年7月29日、北海道目梨郡羅臼町(伊藤健次さん撮影)  知床岬からわずかに東側に回った知床半島最奥の地に、赤岩と呼ばれる岩場がある。弧を描く小さな浜には漁師が夏を過ごす番屋が数軒立ち並び、コンブ漁が最盛期を迎えている。

 目の前には国後島がかすむ広い海。背後に濃緑の断崖。潮が引いた浅瀬には、まるで水中の森のように海草がひしめいている。ここはまさに陸の森と海の森とがぶつかる交点のような場所だ。

 知床の名はアイヌ語のシリ・エトク(大地が尖(とが)った場所)に由来する。それゆえ「地の果て」というイメージがあるが、決して人を拒絶してきた場所ではない。最先端の知床岬周辺にも土器が残り、ヒグマを捕獲した遺跡などが確認されている。昔から先住の狩猟民が利用し、山海の恵みを得てきた土地だ。その後、コンブやウニ、サケマスの漁が盛んになり、特に羅臼側は、今の最終集落の相泊(あいどまり)から先に200軒に及ぶ番屋が点在する時代もあった。

 「夏には羅臼の町より番屋のある半島の方が人が多くなってな。みんなで集まって映画も観ていたんだ」と当時を知る人は懐かしむ。

 やがて船の性能があがり船足が速くなると、羅臼の港から通いで漁をする人が増えた。今、赤岩の番屋に滞在してコンブ漁をするのは、わずか3軒だけだ。人が去った番屋は潮風や雨雪で風化し、ひっそりと夏草に覆われていた。

 ≪番屋からの眺め 漂う原風景の精気≫

 そんな赤岩の古い小屋のひとつに、長谷川家の番屋がある。現在、羅臼で観光船を営む長谷川正人船長(53)が子供の頃に過ごした番屋だ。今では信じられないが、わずか2キロほどの赤岩の浜に50軒ほど番屋があったという。

 「鍋、釜、犬、猫みんなひっくるめて舟に積んで赤岩へ行ったんだ。子供の頃はまだ相泊にも港がなくて、羅臼から5時間から7時間くらいかかったもんだ」

 赤岩を引き上げてから数十年。傾き始めた番屋の補修を兼ねて、7月末に1週間ほど赤岩に滞在してきた。

 人にもクマにも

 赤岩に入ってまず驚くのは浜辺の海草だ。ちょうど干潮になった水際にはスガモやコンブが猛烈に密生し、足に絡みついてうまく歩けない。素潜りしてみると揺れ動く長いコンブにとり囲まれ、前も見えず怖いほどだ。潮だまりには小魚やカニ、貝がわらわらとうごめいている。

 圧巻は時化の翌日だった。海岸にはコンブが一夜にして山のように折り重なり、番屋の人がいくら拾っても拾いきれない。数年前、さらに北の千島列島を旅した時、島を囲むあまりのコンブに、舟のスクリューが絡まり身動きできず参ったことがある。赤岩の浜には、そんな海の原風景を彷彿(ほうふつ)させる精気が漂っている。

 海岸を眺めていると、朝に夕にヒグマが悠々と歩いてゆく。隣の番屋では犬を放し飼いにしてクマが通るたびに吠えるが、鼻先で吠えられてもまったく無頓着なクマもいる。軽々と岩をひっくり返し、わずか2センチほどのヨコエビを食べたり、暑い日は潮だまりに体を沈め、顔だけ出して水浴びをしている。この最果ての浜は、人にとってもクマにとっても、海の恵みを得る絶好の場であるのだ。

 夢と覚悟が

 今年一番の夏日。岬寄りの番屋の前には3メートル近いコンブが一本一本丁寧に干されていた。この夏初めてというコンブの天日干しだ。

 「毎年毎年、高波で崩れた浜をならし、草一本生えてないように整地する。全部人力だ。それが半端でない、ものすごい労働なんだ。コンブにしたって、海で採って製品にするまでどれだけ手間がかかることか-」

 きれいにならされた浜に並ぶ天然コンブを見ながら、船長が語っていた言葉を思い出す。

 僕は断崖と海との隙間にかろうじて張りついている番屋のたたずまいが好きだ。そこには厳しい自然の中に入ってその恵みを得ようとする人間の夢と覚悟が詰まっているように思えるからだ。赤岩の番屋の窓から眺める海は、街や大きな港から眺める海とはどこか違う。それが何か、じっくり確かめてみたいと思う。(写真・文:写真家 伊藤健次/SANKEI EXPRESS

 ■いとう・けんじ 写真家。1968年生まれ。北海道在住。北の自然と土地の記憶をテーマに撮影を続ける。著書に「山わたる風」(柏艪舎)など。「アルペンガイド(1)北海道の山 大雪山・十勝連峰」(山と渓谷社)が好評発売中。

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