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【男子テニス】前向く錦織「次は必ず取る」/チリッチに0-3 日本初の準優勝
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小学校の卒業文集で綴った作文、「ぼくの夢」(錦織圭)=2002年3月(共同) 日本テニス界の至宝、錦織圭(にしこり・けい、24)=日清食品=が8日(日本時間9日早朝)、ニューヨークでの全米オープン男子シングルス決勝でマリン・チリッチ(25)=クロアチア=と対戦し、3-6、3-6、3-6で敗れ、日本選手として男女を通じて史上初となる四大大会シングルス制覇を逃した。敗れたとはいえ、男子の準優勝はアジア初の快挙。錦織は「また決勝に戻ってきたい。優勝を目指し、次は必ず取る」と話し、近々の四大大会初制覇を誓った。四大大会初制覇のチリッチは優勝賞金300万ドル(約3億1500万円)を獲得し、錦織の賞金は145万ドル(約1億5000万円)。
決勝戦での錦織は、今大会を戦ってきた力の30%も出せなかった。「これまで(過去5勝2敗と)勝っている相手だし、勝たないといけないという重圧をつくってしまった」と試合後に悔しさをにじませて語ったように、これまで見たことがないほどナーバスで硬かった。4回戦、準々決勝、準決勝と、いずれも世界トップ10以内の格上相手に挑戦者の立場で臨めた錦織が、ランキング下位のチリッチへは思い切りの良さが薄れていた。
チリッチのような強力高速サーブを誇るビッグサーバーに勝つポイントは、序盤で相手のサービスゲームを破って波に乗せないことだが、錦織は第1セット第1ゲームで早くも訪れたブレークポイントの好機を逃してしまった。あのゲームを取れていたら、違った展開になっていたはずだ。
絶好調のチリッチは切り札のサーブだけでなく、ラリーでも優位に立った。いつもよりストロークがボール1、2個分深く入り、一方、錦織は芯を外したショットを連発。「ここまで硬くなったのは久しぶり。最後まで感覚がつかめないまま終わった。決勝の舞台で力が出せなかったのは非常に悔しい」と唇をかんだ。結局、錦織がチリッチのサービスゲームをブレークできたのは、第2セットの第8ゲームだけ。この日に限れば、完敗だった。
敗れはしたが、錦織が日本スポーツ界の歴史に新たな1ページを記したのは間違いない。準優勝は「誇り」という言葉を超える偉業だ。日本人が初めて四大大会に出場したのは、くしくも全米オープンの前身の全米選手権。1916年に熊谷一弥と三神八四郎の2人が挑んだ。それからほぼ1世紀。男女を合わせて100人以上が四大大会のシングルス本戦に挑み、多くは世界の強豪を相手に辛酸をなめ、日本人がファイナルの舞台に立つことなど、かつては想像すらできなかった。だが、錦織は2週間にわたって7試合で計18時間以上を戦い抜き、頂点には立てなかったが、世界と戦えることを証明した。
4回戦の激闘を制した後、錦織は「もう勝てない相手はいない」と語ったが、真実だろう。元デ杯日本代表監督の福井烈氏(57)は、「錦織はもう、(四大大会男子シングルス優勝史上最多の17回を誇る)ロジャー・フェデラーと同等の力を備えた。今回の経験は次に生きるはずだ」と話す。決勝では独特の雰囲気にのまれた錦織は「うれしいのと緊張するのとで、(前夜は)胸が苦しく寝付けなかった。これ(決勝進出)が当然になるようにしていくしかないのかなと思う」と述べた。そう、今回の偉業が実力の正当な反映以外何ものでもないことを、勝って証明し続ければ、四大大会初制覇の日は近い。次の舞台は来年1月、メルボルンでの全豪オープンだ。(SANKEI EXPRESS)