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DJとライブ 両極を行き来する絶妙なバランス ANUSHKA

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DJとライブ 両極を行き来する絶妙なバランス ANUSHKA

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男女ユニット、アヌーシュカ=2014年4月6日(提供写真)  アンダーグラウンド・ミュージックとポップ・ミュージックの融合。書くのは簡単だが、実践するのは困難を極める。アンダーグラウンド・ミュージックとは、既存のフォーマットの枠組みに収まらない革新的な音楽であり、基本的に一部マニアの間で熱狂的に支持されている。一方、ポップ・ミュージックとは、読んで字のごとく一般大衆にも受け入れられるポピュラリティーを獲得した音楽。わかりやすく親しみやすいのでむしろ好事家からは敬遠されてしまうに違いない。その両者の垣根を飛び越えるには、相反する方向性を内包する必要があるし、どちらのファンにも受け入れてもらえる絶妙のバランス感覚が必要とされる。

 群を抜いて先鋭的

 イギリスのレーベル、BROWNDSWOOD RECORDINGSからアルバムデビューを果たしたアヌーシュカは両者を融合した稀有な新人アーティストだ。トラックメイカーのマックス・ウィラーとボーカリスト、ヴィクトリア・ポートからなる2人組のユニットで、この夏、僕はモンテネグロのSOUTHERN SOUL FESTIVALという野外イベントで彼らのライブを体験している。

 1990年代初頭のハウス・ミュージックと、現在ジャンルを超えて世界的に浸透しつつあるベース・ミュージック(ベースを極端に強調したダンス・ミュージック)を組み合わせ、イギリスで開発されたダブ・ステップ(レゲエとハウスの折衷音楽)の要素も取り入れたクロスオーバー的なトラックは、出演者の中でも群を抜いて先鋭的であった。同時に、ヴィクトリアのボーカルはR&Bや1970年代SOULの影響下にあり、エリカ・バドゥやミニー・リパートンらにも通じるコケティッシュな歌声は実に魅力的でもあった。

 彼らのライブはバンド編成ではなく、PA LIVEと呼ばれるDJとボーカルだけのスタイル。人間のコミュニケーションによるダイナミズムが楽しめるバンドに対し、コンピューターでプログラムされた音楽の再現性が高く、ドラムとベースの質感は生演奏に置き換えることが不可能な現代のダンス・ミュージック界では、あえてDJに徹するアーティストも少なくない。バンドとDJが混在したモンテネグロのフェスティバルで、その両者のメリットを取り入れメーンステージの聴衆の心をつかんでいたアヌーシュカ。彼らの新人とは思えない力量にいたく感心させられた。

 乗り継ぎで衣装が届かなかったことをネタにしながらも、エレクトリックで重量感あふれるサウンドをバックにエモーショナルなボーカルで会場を熱狂させる様子は、ヘッドライナーのような風格さえ漂わせていた。歌とトラックのアンビバレンスだけでなく、DJとライブの両極を行き来するという意味でもアヌーシュカは、アンダーグラウンドとポップスを融合しているとも言えよう。聴衆の中にはひたすら目を閉じ音楽に没頭している人もいれば、彼らのパフォーマンスの一挙手一投足から目を離さんとする人もいて、その両者が同居しているのも興味深かった。彼らは、その音楽性だけでなく、聴く人のタイプをも混ぜ合わせていたのだ。

 大物がバックアップ

 余談になるが、このアヌーシュカをリリースしたBROWNDSWOOD RECORDINGSはイギリスを代表するDJ、ジャイルス・ピーターソンによって設立されたインディペンデントレーベル。名門BLUE NOTEと契約し、世界的にブレークしたホセ・ジェームスをいちはやく発見してリリースした実績もある。クラブ・ジャズ(踊れるジャズとジャズに影響を受けたダンス・ミュージックの総称)の先駆者でもあるジャイルスが、本格派のジャズボーカリストだけでなく、アヌーシュカのような新しい音楽を生み出す若いユニットを世に輩出することはとても良いと思う。

 クラブでの活動だけでなく長年BBCでラジオ・ブロードキャスターを務め、音楽のテイストメーカーとしても信頼されている彼の嗅覚は、このアヌーシュカの出現で改めて評価されるだろう。アヌーシュカがジャイルスのバックアップを得て世に出る。そして、アヌーシュカを見つけ出したことでジャイルスの評価が上がる。その相互補完は、共存関係としてとても興味深いし、音楽業界に携わる人間にとって朗報でもあるのだ。それは、世代を超えたミュージック・ラバーの融合なのかもしれない。(クリエイティブ・ディレクター、DJ 沖野修也/SANKEI EXPRESS

 ■ANUSHKA 英南東部ブライトンを拠点に活動する男女ユニット。メンバーは、米R&B歌手のローリン・ヒルに憧れ、ソウルやジャズを好んできた歌手のヴィクトリア・ポートと、オービタルやケミカル・ブラザーズに影響を受けてトラックの制作を開始したマックス。恋愛に悩む気持ちを素直に表現するなどヴィクトリアが生み出すストレートな歌詞も魅力のひとつ。2人の音楽に感銘を受けたジャイルス・ピーターソンがプロデュースし、デビューアルバム「ブロークン・サーキット」を完成させた。

 ■おきの・しゅうや クリエイティブ・ディレクター/DJ/執筆家。著書に『DJ選曲術』や『クラブ・ジャズ入門』など。11月9日(日)に世界基準にこだわる国内屈指のクラブ・ジャズ&クロスオーバー・ミュージックの祭典、Tokyo Crossover/Jazz Festival 2014がEX THEATER ROPPONGIで開催決定。

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