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科学
カナディアン・ロッキーを訪ねて 進化論の謎 採石場で見つかった
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深い緑色に輝くエメラルド湖。左の山がワプタ山で、右に延びる稜線の途中にウォルコット採石場がある=2014年8月28日、カナダ・ブリティッシュコロンビア州(唐木英明さん撮影) カナディアン・ロッキーの入り口、バンフの街から車で約3時間のヨーホー国立公園にあるエメラルド湖。ここから東に見えるワプタ山の稜線(りょうせん)には、1909年に古生物学者、チャールズ・ウォルコットが生物学の歴史を変える化石群を発見した「ウォルコット採石場」がある。
発見された化石は古生代カンブリア紀中期(約5億500万年前)のもので、堆積(たいせき)岩の一種である「バージェス頁岩(けつがん)」の中に隠されていた。5つの目を持つオパピニアや三葉虫を餌にしていた体長1メートルもあるアノマロカリスなど、ここで見つかった奇妙な形をした多くの生物はこの時代に突然現れ、それらの多くは絶滅してしまった。なぜこの時代に多くの生物が出現し、なぜその多くが絶滅したのか、これらの化石は生物の進化に新しい謎をもたらした。
こうした話題が一般に知られるようになったのは89年、進化生物学者のスティーブン・J・グールドが『ワンダフル・ライフ バージェス頁岩と生物進化の物語』を著したためである。グールドは進化は少しずつゆっくり進むのではなく、短時間で急速に進み、その後長い時間停滞するという「断続平衡説」を発表。これに進化生物学者、リチャード・ドーキンスらが異を唱えた。ダーウィン以来の進化論に全面的な見直しを迫るこの論争は今も続いている。
≪スケールの違う自然 気軽に楽しむ≫
私が初めてエメラルド湖を訪れたのは今から20年前の1994年。専門の薬理学の世界大会がカナダ・モントリオールで開催され、関連の集会がバンフで開かれたのに乗じて車を飛ばした。
本当はウォルコット採石場まで行きたかったのだが、事前に国立公園管理事務所の許可が必要で、しかもワプタ山麓にあるタカカウの滝から高度差750メートルの山道を片道5時間かけて登らなければならない。時間もなく登山はあきらめたが、エメラルド湖の深い緑とタカカウ滝の豪快な眺めに魅了された。
獣医師であり、薬理学者である私の学問的な基礎は生物学だ。ただ、60年代に大学を卒業してから約30年間は薬の研究に没頭し、生物の進化に興味はなかった。
そんな私が進化論に興味を持ったのは、91年に日本で出版されたドーキンスの著書『利己的な遺伝子』がきっかけだ。この本で示された「遺伝子が生物の行動をコントロールする」という考え方は、「遺伝子は動物の設計図に過ぎない」というそれまでの多くの人の思い込みを根底から覆した。「人間とは何か」という古くて新しい問題に、「利己的な遺伝子」という観点を持ち込むと新しい答えが出てくる。そんな考え方に大きな影響を受けた。
今年8月、米国での仕事にかこつけ、カナディアン・ロッキーを訪れた。4回目となる旅だが、エメラルド湖とタカカウ滝は20年前と変わらぬ美しさだった。
南アルプスと中央アルプスに囲まれた長野・伊那谷(いなだに)で子供時代を過ごした私は山が大好きだ。カナディアン・ロッキーは、日本の山々とはスケールが違う氷河に覆われた高山、数々の美しい湖、豪快な滝、季節の草花や野生動物を気軽に楽しむことができるのに加え、交通の便がよく、宿泊施設も完備していることから一番のお気に入りだ。何より山の稜線(りょうせん)を眺めながら、「あそこに5億数百万年前の生き物が埋まっている」と思いをはせながら飲むカナディアン・ビールは格別の味であることを付け加えておく。(談:東大名誉教授 唐木英明、写真も/聞き手:平沢裕子(ゆうこ)/SANKEI EXPRESS)