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科学
【タイガ-生命の森へ-】猟師と動物たちの「庭」
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ウスリータイガを風のように歩くウデヘの猟師、ヤコフ・カンチュガ=ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影) ウデヘの猟師は足が速い。ウスリータイガから北海道へ戻って野山を歩いていても、ふと、手負いにしたイノシシを追って森を走る猟師の姿を思い出す。
以前ビキン川を案内してくれたヤコフ・カンチュガは、60歳を過ぎても風のように早足で森を歩いた。何しろ身軽だ。使い込んだ銃を担ぎ、ナイフを腰に差すだけで、余計な物を持たない。後ろをついていくのが一苦労だった。決して体が大きいわけではないのだが、藪(やぶ)の中を進む背中がとても頼もしく見えたものだ。
広大なタイガには縦横無尽に踏み分け道がある。こんな奥にと驚く上流の森に、巨木の間を縫って細い道が続いている。それはクロテンのワナ猟師が歩いた古くからの道だったり、シカやイノシシ、あるいはトラさえ今も歩く獣道(けものみち)である。
秋、シダと黄葉した灌木(かんぼく)の迷路をたどると、エゾマツの松やにに黒い針のような毛がくっついている。イノシシが体を擦りつけた跡だ。シカが休む木の根元にはチョコレートに似たフンの粒。森の主のような立派なチョウセンゴヨウの木肌には、これ見よがしにトラの爪痕が残っている。そうして動物たちの置き手紙を読みつつ藪を抜けると突然、細い流れのほとりに、色あせて森になじんだ狩小屋が現れるのだ。
そんな時、このタイガはまさに猟師と動物たちの“庭”なんだなと思う。
≪こんな風景がいつまでも続いてほしい≫
シホテアリン山脈の稜線(りょうせん)に新雪が輝く10月。クラスヌィ・ヤール村の乾燥小屋ではビキン川で捕れたサケが短冊のように干されている。
銀の皮に包まれたきれいなあめ色の赤身。こんなにも季節の巡りを確かに告げる風景はないだろう。川を上る魚はさまざまだが、サケはやはり特別だ。単に食欲をそそるだけでなく、何気なく干されているだけでも、何か特別な日の供物のように映るのである。
北海道も同じだが、この時期、サケが遡上(そじょう)する川を抱く土地の豊饒(ほうじょう)さを痛感する。ヤール村はアムール川の河口から約1000キロ上流にある。それだけの距離を、誰にいわれるでもなく、サケたちは海から流れを遡(さかのぼ)って必ず戻ってきてくれるのだ。しかもおよそ4年もの歳月をかけて。これを恵みといわず何といおう。
サケにとっては湧き水のある上流で産卵し、次の世代へ生命のバトンを渡すための本能だ。しかし上流に住む人にとっては、海で育ったサケの群れが厳しい冬を前に“お土産”を背負ってきてくれるようなもの-。自然からの最高の贈り物であり、家を離れた子供が大きくなって里帰りしてくれたような、心うれしい出来事なのである。
初めてヤール村を訪ねた8年前、前述のヤコフは、村まで遡上するサケが激減したと嘆いていた。当時、アムール川上流の化学工場で爆発があったことや、下流での捕り過ぎが原因ではないかと彼は疑っていた。そしてはっきりと原因がつかめないことがさらに未来への不安を募らせていた。僕が北海道では下流のウライ(漁獲施設)やダムで産卵場所までたどり着けるサケが少ないこと、上流の産卵適地が河川改修で狭まっていることを話すと、非常に驚いていった。
「この土地が人の体なら、川は森と海をつなぐ血管だよ。水の流れと魚の行き来をせき止めるダムは決して造ってはいけない。今からでもすぐ取り外した方がいい-」
上流でサケを待つ人にとって、秋にサケの群れが現れないことは恐怖である。海から離れた内陸であればあるほど、長い血管は健全に保たれなければならない。僕はヤコフが忠告してくれた時の真剣な顔を今でも忘れられない。
サケがまた村までぼちぼち戻ってくるようになり、こうして乾燥小屋にぶら下がる姿をみるとほっとする。
こんな風景がいつまでも続いてほしい。サケは食料である以上に、この土地が内包する生命力そのものだ。北海道であれウスリータイガであれ、サケの味わいには、森と川と海とが連鎖した大きな生命の輪に、わずかでも加わった嬉(うれ)しさが含まれているのだと思う。(写真・文:写真家 伊藤健次/SANKEI EXPRESS)