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25歳の「子どもの権利条約」 1979年 うたわれたメッセージ

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25歳の「子どもの権利条約」 1979年 うたわれたメッセージ

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お母さんの腕の中で微笑む男の子。どの子供にも、「生きる権利」「守られる権利」「育つ権利」「参加する権利」がある=2014年3月21日、ウガンダ(ワールド・ビジョン・ジャパン撮影)  幼い時の記憶がどのぐらい残っているかは、ずいぶん個人差があるらしい。私は、なぜか小学生以下の時の記憶がたくさん残っている。今でも覚えているのは、小学校1年生の朝礼のときのことだ。体育館でみんなで歌った歌に「ビューティフル・ネーム」という歌があり、サビのフレーズを繰り返し歌った。

 実は、その年1979年は、「児童権利宣言」(59年採択)の20周年を記念して国連が「国際児童年」と定めた年で、この歌は、ゴダイゴというバンドによる「国際児童年」のテーマ曲だった。この年、世界中が子供の問題を考え、解決のために力を尽くしていこうとする動きがまとまり、「子どもの権利条約」を現実のものとするための作業部会が国連に設置された。当時の私には、そんな複雑なことはわかりようもなかったが、学校の先生が、「子供は大切にされなければならないんですよ」というメッセージを発信していたのを覚えている。

 子供は大人と異なる存在で、「子供だから」認められるべき権利がある、という考えは、今でこそ当たり前だが、世界で共有されるようになったのは20世紀のことであり、比較的新しい概念といえる。戦後間もない48年にすべての人は平等であるとした「世界人権宣言」を経て、59年に「児童権利宣言」が生まれた。ここでうたわれた精神を、宣言に終わらせることなく、実際に効力のある権利条約にしていくための動きが始まったのが、79年の「国際児童年」だったのである。

 ≪一人一人の「個」 認める社会が第一歩≫

 「国際児童年」から10年の準備期間を経た1989年、「子どもの権利条約」が誕生した。2014年現在、194の国と地域が締結しており、人権条約としては歴史上最も多くの参加を得ている。誕生から25年で国際的に子供を大切な存在と位置づけることに成功し、たくさんの子供たちの命と成長を守ることに大きく貢献してきた。子供の権利を守ることが大人にとって義務と責任を伴うものとなった。

 2000年に国連で合意されたミレニアム開発目標では、15年までに、すべての子供が男女の区別なく初等教育を全過程終了できるようにすることや、5歳未満児の死亡率を1990年と比べて3分の1に減少させることを目標に掲げた。これにより、もし90年と同じ乳幼児死亡率のままだったら命を落としていたに違いない9000万人の幼い命が助かり、90年には53%だった後発発展途上国の初等教育就学率が、2011年には81%にまで改善。

 しかし、ミレニアム開発目標は達成期限まであと1年という今、物理的、社会的に手を差し伸べることが難しい環境にある子供たちを、相変わらず取り残しているとも指摘される。達成期限の15年以後に国際社会が共有する目標となる「ポスト2015開発アジェンダ」への課題とされている。

 ワールド・ビジョン(WV)は、第二次世界大戦後間もない1950年から60年以上にわたって、子供たちのために活動してきた。「ポスト2015開発アジェンダ」によって世界が共有する目標が“最も弱い立場にある子供たち”を救うことにつながることを願い、目標制定に関わる国連や各国関係者に対して活発な働きかけを行っている。

 世界の子供たちのうち、出生登録されているのは3分の2にすぎないといわれている。出生登録がされないと、予防接種や学校の就学登録など、子供が享受できるはずの社会サービスの対象になることができない。出生登録がされない子供たちの多くは、開発途上国の中でも貧しい農村部に住んでいたり、紛争国で生きている。

 「ビューティフル・ネーム」という歌は、ひとりずつの子供に、ひとつの名前があることが素晴らしいと歌っている。「一人一人に名前があることなんて当たり前なのに、不思議な歌だなあ」と幼心に思った記憶がある。

 しかし、子供が一人一人異なる名前によって、ユニークな個の存在として社会から認知されることが大事、というメッセージを含んでいたのだろう。社会に存在が認められること、それが権利が守られるための第一歩。だが、それが当たり前ではない子供たちがいる。

 25歳になった「子どもの権利条約」の仕事は、これからも続く。(文:ワールド・ビジョン・ジャパン 浅野恵子/撮影:ワールド・ビジョン・ジャパン/SANKEI EXPRESS

 ■あさの・けいこ 聖心女子大学卒業後、JETRO(現・日本貿易振興機構)勤務。ロンドン大学SOAS(アジアアフリカ研究所)開発学修士課程修了後、2002年、ワールド・ビジョン・ジャパンのミャンマー駐在員として入団=写真。帰国後、海外支援事業部勤務を経て、広報・アドボカシー担当に。2児を育てながら、14年10月からコミュニケーション課長代理。

 ■ワールド・ビジョン・ジャパン キリスト教精神に基づいて開発援助、緊急人道支援、アドボカシー(市民社会や政府への働きかけ)を行う国際NGO。子供たちとその家族、そして彼らが暮らす地域社会とともに、貧困と不公正を克服する活動を行っている。www.worldvision.jp/

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