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社会
【取材最前線】「写真を見て」遺族の思い
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噴火から3日目を迎えても激しく噴煙が上がる御嶽山(おんたけさん、3067メートル)山頂付近=2014年9月29日午前、長野・岐阜県境(本社ヘリから撮影、甘利慈撮影) 「心肺停止31人」
9月27日に噴火した長野県と岐阜県にまたがる御嶽山(おんたけさん、3067メートル)。翌28日朝になって判明した犠牲者の数だ。その後も増え続け、1991年の雲仙普賢岳(長崎県)を上回る戦後最悪の被害(56人死亡、7人行方不明)となったことは周知のとおりだ。
28日夜に群馬県から現地入りした。現地といっても、28日は長野県警で続々と発表される被害者情報と安否不明者の人数把握が主な仕事だった。長野県警の入る県庁舎は混乱していた。当初は被害者情報について、県の災害対策本部が発表するのか、県警が発表するのかも決まっておらず、廊下を足早に移動する幹部を捕まえて話を聞くほかなかった。
県が安否不明者の人数を公表したのは発生から6日たった10月3日。登山届の提出は義務付けられておらず、県に寄せられた安否不明者情報の中には、実際に御嶽山に登ったかどうかも分からないものもあったため、正確な人数の把握は難航した。
御嶽山に限らず、登山届の提出は登山者の間で浸透していない。登山届は登山者にとって面倒な手続きでしかないのだろう。しかし、こうした事態を踏まえれば、提出の義務化も含めた検討が必要になるのではないか。
9月29日以降は、毎日のように遺族取材を行った。愛する家族を亡くした直後に取材に応じてくれる遺族は少ない。それでも、「今後、少しでも安全に山登りができるように」と、取材に応じてくれた方もいた。夫を亡くした長野県の女性はその一人だ。
女性の夫は、頂上付近で噴火に巻き込まれたのだが、噴火の瞬間をデジタルカメラに収めていた。写真は激しく立ち上る噴煙から逃れようと必死に走る登山者の姿を捉えていた。「この衝撃的な写真を多くの人に見てほしい」。最愛の夫を亡くし、悲しみにうちひしがれる中で、きぜんと取材に応じたのには、こうした思いがあった。
御嶽山の噴火で犠牲となった人のほとんどが、噴石が直撃したことによる損傷死だった。「写真なんか撮らずに逃げればよかったのに」。女性は何度もそう口にしていた。
「山の安全のために」。辛い状況の中で取材に応じてくれた遺族の思いを少しでもくむことはできただろうか。来春以降、残る行方不明者7人の方が見つかることを願ってやまない。(大橋拓史/SANKEI EXPRESS)