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【メジャースカウトの春夏秋冬】田中投手 痛みと付き合い「伝家の宝刀」 大屋博行
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【メジャースカウトの春夏秋冬】恩師であるローイ・カーピンジャー氏(左)と大屋博行氏(アトランタ・ブレーブスの国際スカウト駐日担当)=1月18日、米国(大屋博行さん提供) ヤンキースの田中将大投手がメジャー1年目を終えた。13勝(5敗)を挙げながら、けがによる長期離脱もあって新人王候補には選出されなかった。1年目は、厳しい現実を突きつけられたシーズンだった。
シーズン途中に右肘靱帯(じんたい)の部分断裂と診断され、7月9日に故障者リスト入り。終盤に復帰するまで2カ月以上も戦列を離れた。
肘に負担の大きいスプリットを多投したことが故障の原因として、日米のメディアが書き立てた。私もこのコラムで田中投手の渡米前から同様の懸念を示していただけに、残念でならない。
けがが発覚するまで、田中投手は12勝4敗、防御率2.51と、メジャーでもトップクラスの成績を残していた。メジャー1年目の大躍進を支えてきたのが、鋭く高速で縦に落ちるスプリットだった。
指の腱は中指と人さし指が強くできている。ボールを、その2本の指で挟み込むのがスプリットだ。この状態では肘の内側の靱帯が伸び縮みしにくくなっている。いわば緊張した状態で腕を振ることになるので、直球や他の変化球と比べて、腕を振る衝撃が靱帯により強く伝わってしまう。
指の間隔を広げれば広げるほど硬くなることは、自分の肘で試してみても分かる。メジャーでは落ちる系のボールとして、5本指で包み込むチェンジアップが主流なのもスプリットによるけがを回避するためだ。
ただ、田中投手のけがは、スプリットだけのせいではない。先発投手は日本で基本的な中6日での登板と違い、メジャーは中4日のローテーションが基本だ。いくら球数制限があっても登板間隔が短い方が、肘や肩に炎症を蓄積しやすい。レンジャーズのダルビッシュ有投手は登板間隔の短さを公然と批判した。
靱帯の部分断裂が発覚した際、田中投手とヤンキース側は大きな決断を迫られた。損傷した靱帯を再建するトミー・ジョン手術を受けるか否かだ。トミー・ジョン手術は他のドナーや、自分の患部と逆側の肘、足などから靱帯を移植するもので、米国だけでなく日本でもよく知られている。
メリットは、ゴムにゴムを二重で貼り合わせるようなもので患部の強度が前よりも増すこと。リハビリを通じて、故障前よりも直球のスピードが速くなっている投手も多い。カート・シリング元投手(フィリーズなど)や田沢純一投手(メッツ)、今季メジャーで初勝利を挙げた和田毅投手(カブス)ら、その例は枚挙にいとまがない。
デメリットは、リハビリ期間が長くなってしまう点だ。順調でも試合で投げられるようになるまで1年を要する。手術によって感覚も違ってくるため、けが前の状態に戻すには2、3年かかるといわれる。
手術を回避した場合の治療が、「PRP注射」だった。自身から採取した血小板を用い、患部の再生を図るもので、成功すれば回復が早い。ただ、まだトミー・ジョン手術ほど一般化した手法ではなく、成否は未知数だ。何より、対症療法のため、回復したとしても同じけがを再発する可能性が高いというデメリットがある。
私がかつて日本からブレーブスのマイナーに送り込んだ選手に、徳田将至元投手がいた。
彼も肘を痛めた際、当初はリハビリ治療を選択した。彼によると、肘を休めたり、消炎剤の注射治療を行うとすぐに痛みがなくなるのだという。そのため、完治していないのに投球を再開してしまい、痛みがぶり返す繰り返しだったという。あくまで「薬で散らす」という側面があることは否定できない。
田中投手はPRP注射を選び、投球練習を再開した。肘に負担の掛かりにくい新しい投球フォームにも着手しているようだ。新聞やテレビで見る限り、投球の際にテークバックを小さく、腕の振りをよりコンパクトにした、いわゆる「クイックアーム」という投法に近い。田中投手なりの問題意識が見て取れる。
田中投手が今後もメジャーで生き残るためには、スプリットを投げないというオプションは存在しない。結果を残せているのも、伝家の宝刀があってこそだ。痛みと付き合いつつ、将来的にはトミー・ジョン手術を受けることもあるかもしれない。手術を受けるにしても、日本よりもアメリカでは治療をできる医師も症例も格段に多い。田中投手ならヤンキースから一流の専属チームをつけてもらえるはずだ。
どんな選手であれ、けがとの闘いは避けられない。プロ野球選手にとって、いわば宿命といってもいい。超のつく一流選手になるには、乗り越えなければならない壁なのだ。(アトランタ・ブレーブスの国際スカウト駐日担当 大屋博行/SANKEI EXPRESS)